口コミ
PTです。自費の整体院を経営しています。
古巣のクリニックから紹介を受けました。というか福利対応をしてもらっていた院です。なので施術自体は半年に1回程度受けていました。
独立後、通常の施術を受けに行ったという事です。
福利施術と本来の施術は全くの別モノでした。そりゃそうか、対応人数が違い過ぎる。
にしても、検査数が倍とかの差ではない。5倍?くらいは違って目が点。
ここまでの先生が、ここまで細かく検査をした上で慎重に対応を固めていく流れ。じゃあ今自分がしている内容って何なんだ。いや、古巣のクリニックでしている対応って何なんだよ。
なんて感じで心がやさぐれる。見せつけられるというか勝手に凹むというか。
今まで1つの検査は1つの結果。そう考えて取り組んできましたがここで受けて間違いに気付く。
1つ1つの検査は同時にいくつもの検査を兼ねていて、同時に施術にも繋がっている。という事を「説明されて、実践されて」やっと理解できる。
そして激しく凹む。広告で「安心の国家資格者」なんて入れた事がこっぱずかしい。穴があったら入りたい。
暫く「よし、見なかった事にしよう」と心の端に置き、心の準備が整ってから先生の勉強会に参加しようとお願いをしたら・・・
もうとっくの昔に定員一杯でした・・・・
自分が受けたいタイミングで受けられるなんて甘かった。というか「自分本位」の時点で自分は何かずれていた様な気がする。
色んな意味で勉強になりました。
自分はサッカーをしているのですが、こちらでお世話になる様になってかわりました 。
というか変わっていた事に気づきました。自覚したという感じでしょうか。
ボールを蹴ったとき、蹴り足ではなくて軸足から力が伝わっているのがよく分かったのです。
面白い感覚でした。確かに蹴り足にボールはあり、触れているのに力は軸足から伸びている感じ。触手が伸びている感じ。
だからか、蹴り足が自在に扱える。力の方向が3Dスティックみたいになるんです。
これは今までに無かった感覚でした。本当にプレーの幅が広がった。
すごいと思う。
前から紹介されていたものの、中々機会に恵まれず。
やっと行くことができました。
受けて納得、なるほどなと。
健康であること、自分自身への投資として考えると抜群に破格。
一方で「いま、この痛みを何とかして欲しい」と考えると割に合わない。
この院の価値はきっと今も昔も変わらず、私達が「何を望むか」で価値が全く変わってくる。
なるほど、とてもユニークな院だ。
私自身が感じたことは
1.ここまで向き合う先生は見たことがない
2.仕事は非常に丁寧で繊細
3.プロ意識が尋常ではない
4.私達ではなく「私達のカラダ」と会話している←共感してくれる人いますか??
5.「こっち」と「あっち」で分けるなら間違いなく「あっち側」の人。ライフワークと化している。
民間療法は国家資格が無いから云々と仰る先生、そこに不安を感じる一般の方、
ここの施術を受けると良いです。世界観がひっくり返りますよ。
確かに民間療法は玉石混交かもしれない。石は確かに素人みたいなのかもしれない。でも、玉の辿り着く場所はとてつもない。
民間資格の1つの可能性を見せつけられると思います。
今まで顎関節が歪んでると思っていました。そう言われていました。顎の歪みはそれが原因だと。
だから顎関節の専門院に通ったり、専門エステに通ったりしていました。頭蓋骨専門の先生にもお世話になったりも。
色んな先生を頼って、合計で30万くらい。
でも、結局は元に戻っての繰り返し。
ここの先生だけは違っていました。
初めての時「頭蓋骨も顎関節もとても綺麗。問題は嚙み合わせだから歯列矯正を検討したほうがいい」とスパッと伝えてくれました。
反対咬合?が原因でどうしても顎が歪んでしまうとのこと。
具体的にそこまで伝えてくれた先生は初めてです。
儲けより私のことを考えてくれた。だから私はもうここにお世話になると決めました。
矯正をしたあと、身体のケアでずっとお世話になっています。
片頭痛も、首肩のだるさもビックリするくらい楽になりました。
嚙み合わせの大切さを思い知りました(笑
アラカンです。
今まではずっと「見た目」を変える為の施術を受けてきました。
ピラティスもヨガも、サウナもパーソナルも、美容灸も。エステも沢山。
でも、どうしても戻る。だから繰り返す。
根本的に間違えているのかな?とふと思い、違う路線で攻めてみた。それがここ。
「見た目」が変わる訳ではないけれど「見た感じ」が変わる不思議。
友達から言われたのは「歩き方」「立ち方」「立ち上がり方」「座り方」とか。
「綺麗になったね」じゃなくて「何か綺麗になった?」から始まる問答。言った側も言われた側も「よくわからない」のである。
何がだろう、とお互いにあれこれ話して「ああ、立ち方だ」とか「ああ、歩いている姿だ」と納得していく。
知らない間に自分が変わっていた。これがきっと内側から変わるということ。
自分自身が変わるということなのかな。
綺麗な年の取り方ができた気がする。なんとなく
PTの資格を持っています。元病院勤務の今整体院経営です。
今はこちらの勉強会に参加させてもらっています。あと、施術を受けるという名目で月1で通っています(実質、個人レッスンです)
自分は今まで沢山の先生から教わりましたし、施術も実際に受けました。
その上で自分が感じたことを述べますと、こちらの先生は「見ているモノが全く違う」と断言できます。とにかく広い。全体的な俯瞰視野をお持ちです。
症状そのものではなく、症状が生まれた過程を大切にされます。その結果何が起こるかと言いますと
解決策・改善策であるアプローチが「過程」から生まれてくるのです。これはもうコロンブスの卵並みに凄いことだと思います。
私達は症状に沿って解決策を導き出します。それはもう「テンプレート」といいますかいわゆる「標準〇療(NGワードぽいので伏せます)」です。
過去のデータから導き出された「標準的・一般的なアプローチ」を症状で一纏めにして行います。そこに「個」のプロセスは基本的に介在しません。「症状」がベースです。
ですが、こちらの先生は「プロセス」単位でアプローチを切り分けています。そうなんです。発症に至るプロセスは個人単位で異なります。その「個人」単位で取り組みを切り分けるというのは完全な「オーダーメード」です。
そんなことが可能なのか?信じられませんでし た。でも実際に取り組んでいる。症状ではなくプロセスから導き出すからそれが可能なんですね。だから検査項目が桁違いなのかと。
ここで施術を受ける人達の殆どが「自分が受けている検査・施術の凄さ」を実感できないと思います。
それくらいこの先生は「何事でもないかの様に」普通じゃない事を普通にしています。同業なら受けて感じるはずです「ここまでしなきゃダメなのか」と。
10,000円という費用を高いとする人は多いと思います。でも受けている内容が10,000円ではとても足りないと感じる人は少ないはず。「即効性」を求める人が多い時代だからです。
この院は先生の凄まじい良心で運営されている。東京だったら最低でも2万は超える。そして東京なら・・・おそらく会員制となり一般の人には受けられない施術になると思う。
元東京組の自分がソースです。
紹介です。
こちらの院は痛みに対しての施術は余りしていないさまです。
ただ、確かに結果的に痛みが「剝がれていく」というのは確かだと思います。私も実際そうでした。
順番が違うといいますか。意識が痛みにフォーカスされている側としては「早く痛みを!」となるのですが、こちらの先生は身体の順番に従うことを大切にしています。
そう、手順を大切にしている先生です
本当にこれで大丈夫なのかな、と最初は思いましたが先生の指示通りにこなしていくと確かに身体は変化していきます。
その変化が広範囲でうっすらと重なっていくから感覚的には不思議なものです。
でも、自分の生活1つで簡単に戻る。良くも悪くも。
そこで私はやっと気づく
そうか、根本原因って私の生活態度だったのか。ここからは早かったです。先生の「仕込み」と私の「実践」が繋がった感じ。
私自身が理解して取り組まないと定着しない。変化は簡単に起きても安定しない。
その安定は先生の技術でも知識でもなく私の意識と行動だった。
先生が伝えたいこと、目指していることがやっと理解できた。そうかそういうことか。
健康って本当に自分次第で何とでもなります。
先生は本当にその最短距離を「急がば回れ」で整えてくれる感じ。
最強のお膳立て。それが俊カイロなのだ!
紹介できました。
今までもヨガ、ピラティス、パーソナル、水泳、体操、色んな場所で身体を学ぼうと取り組んできました。
この先生は軸が太い。自分の理論が確立しています。
教科書通りの説明が1つもありません。でも、教科書を丁寧になぞっている跡がある。
学んで試して、辿り着いた人なんだなぁと。だったら信用できそうだ。
あと、通っている間にカルテが進化するのが面白い。私の結果が進化するのではなく、カルテそのものが進化するwこんな先生は初めて。
この先生は常に考え続けてる人だ。ああ信用できそうだw
体への触れ方1つ、違いがわかる。散々色んな先生に触れてもらったから私だからこそw
この先生の触れ方はとても独特、とても丁寧で繊細だ。
身体に対する働きかけも独特。決してカラダに無理強いをしない。とても丁寧に扱ってくれる。
体を無理やり変える事なく、身体の変化を待ってくれる先生だ。
ここなら確かに体を作り替えることができるのかもしれない。
と思ったら先生に言われた
「私ができるのは段取りをつけることと道案内までです」とw 優しく釘を刺すなぁ!!
50代に入ってカラダにはガタが出る。
最後まで楽しく生きたい。だからここに来ました。
カラダの正しい使い方、その前に「自分が勘違いしていた使い方」を教えてもらえること。
自分の中の「普通」という基準を正しく整えてもらえること。それが一番有難い。
意識すべきは運動ではなく、集まってくる情報。これはもう目から鱗。
拾い上げる情報が求められる運動を導いてくれる。これは本当に目から鱗。
「意識する」という言葉の定義が180度ひっくり返りました。そして新鮮。
自分がカラダを動かすというよりも、カラダの方が教えてくれている。
私たちはカラダに従うだけ。
カラダを使うということは、こんなに自然で緩やかなことだったんですね。
そして私も「あ」と気づいた。
楽。
それほど多くの言葉は要らない。
信じてよし。
私達のつたない知識や経験は遠く及ばない。
自説・持論に拘るべからず。
素直が一番
それによって求める結果がちかづいてくる。
自分を見つめなおすには最適な場所。それが俊カイロ。
健康は常に足元にある。その障害は自分の心、こだわり
やっと見つけた。
自分にとって理想的な場所。というか先生を。
ずっとモヤモヤしていた事をズバッと言ってくれた先生。
「楽するために専門家を頼るのか?」とずっと考えてました。何かそれ変だよね。だって相手に依存するってことじゃん。
でも誰にも同意されず「そういうものじゃん」と言われ続けてもう50年。
じゃあこの国で健康的に自立するって無理なの?と達観しつつあったとき、遂に出会えたのがここ。
「考える事を放棄すべきではない」
「むしろ考える為に専門家を活用すべきです」
「専門家は本来、サポートの為にあると思う。導くじゃなくて支えるが本来の役割だと思う。」
ですよね!そうですよね!その言葉をずっと聞きたかった!
やっとこの言葉をかけてくれる先生に出会えました。
私が学ぶために、身に着ける為に教えてくれる。その代わりに時間とお金を私が負担する。だって自分のレベルアップの為なんだから。いわば自己投資。
そう、健康という点において「自己投資」としての学びが欲しかった。
取り急ぎ何とかするという「消費」の繰り返しが私には合わなかった。やっと答え合わせができた。
時間はかかる。お金もかかる。
でも、それに見合った情報が提供され、それに見合った経験が提供される。むしろ先生の採算割れの方が心配になるくらい。
だって施術で2時間、カルテの提供考えたら多分3~4時間?。
ここまで1人と向き合う先生って見たことありますか?私は生涯でこちらの先生1人だけです。
時間は問題じゃないんだ。結果なんだ。
この言葉は沢山目にしてきました。それはきっと対症療法の世界の話。
先生も言っていました。「楽にするだけなら多分5分もいらない。矯正で済みます」と。
ここは痛みを改善する場所というより身体を学びながら整えていく場所。学校だ。そして根本的な身体の変化を促していく場所。
根本療法は「手間を惜しめない」世界だと私は思っている。そしてここの先生は手間を惜しまない。
かかりつけの先生から紹介されました。
私の「できることは全部やりたい」という希望に応えてくれた形での紹介です。
リハビリに通い続けていたものの、中々改善しなかった状況に不安を感じていた私はこちらに縋る思いできました。
初回のカルテを見てビックリです。8割は×。他も△だらけ。〇なんて数えるほどしかありません。
リハビリに通っていたからよくなっていると信じていましたが、いや信じたかったのですが現実はそう甘くはなかった。
「通うだけで変わると思っている人は多い」
この言葉がグサリと刺さる。
同じことを繰り返さない様に、と先生に釘を刺された気分になる。図星だったので。
気持ちを切り替える。
先生の言葉に耳を傾け、疑問点は全て問う。気になることはラインで問い合わせる。
そして宿題を淡々とこなし、拾い上げる。感じ取る。
変化はとても小さな1歩から。でも確かにあった。そして積み重なる程に力強くなる。
そうか、先生が言いたかったのはこれか。
良くならなかったのは私が何も感じ取ろうとしなかったから。取り組み全てが身体を素通りしていたんだ。
人生はとうに折り返し。
いまさらながら、身体と向き合う楽しさを学ぶことができた。
どうやらまだ先がある様だ。
どこまで辿り着けるのか、試してみる価値はあると思う。
自分では到底見つけることはできなかったと思う。
紹介というご縁をいただけて本当に感謝。
紹介できました。
自分はしがないアルピニストもどきです。
なので山登りで例えることにします。
こちらの先生は山(カラダ)を知り尽くしている。なのに今なお新たなルートを探索し続けている。
そして僕らの申告によって「どのルート、どのポイントで立ち往生してるか」をあっという間に絞り込む。
もしも違っていても「ここじゃなければ、あそこしかないな」とあっという間に絞り込む。
知り尽くしているからこその迷いのなさ。そして切り替えの早さ。
アタリがずれていてもそれは検証の一部に過ぎない。1つ可能性が絞り込まれただけなのだ。
そして道具(技術)に頼らない。必要な時だけ必要な分だけ活用する。基本は自分自身のカラダでこなす。これは豊富な経験値があるからこそ。とてもスマートな攻略だ。
この先生は救助隊ではない。ガイドだ。それも山だけでなく自然も天気も立体的に把握しているガイドだ。
専門家という言葉を背負うに足る人だ。
昨年に大阪に引っ越してきたのですが、東京でお世話になっていた先生から紹介されました。
「色々な意味で別格だから」
「でも、試されるよ、気持ちを」
「自分に甘いと思ったら他を当たった方がいい。あ、でも他の先生は責任もって紹介はできないけど」
「あと、私とは全く毛色違うから気を付けて」
ここまで言われて行かない訳にも(笑
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行きました。
いや確かに全然違う。コンセプトが、価値観が、全部が違う。何と?一般的な整体院や整骨院、カイロプラクティック院と。
どれともあてはまらない、比較対象にならない。でも自分には最高。
そう、そうだよ、こういうのが自費の院だよ。かくありきだよ。
値段は高い。でもそれは支払う金額の話であって、その見返りがその金額どころじゃない。
ここの検査、受けた方がいい。次元が違うから。
こんなに体を細かくチェックしてくれる先生は見たことがない。健康保険で実現できるレベルじゃない。だから高くて当然なんだよ。
私は東京で1時間3万円の先生にお世話になっていた時期がありますが、その先生と比べても身体を読み解く力が比べようがない。大阪って凄い。こんな先生が普通にいるの?
何でも教えてくれる。答えてくれる。
でも、最後は自分次第。凄い誠実でシビア。嘘がない。誤魔化しもない。
鷹村の名言「ボクシングには嘘をつきたくない」と同じだ。
この先生は私たちに、というより「身体には嘘をつきたくない」先生なのだ。
ありのままの答えを私達が正面から受け止める事ができるか否か。
ああ、確かにここは私達を試す。
控えめに言って、私にとっては最高です。
紹介できました。
正に聞いていた通りの先生、そして場所。
自分の体の何が悪いのか、自分の感覚は正しいのか?それとも少し手直しをしたほうがいいのか?
とても丁寧に細やかに確認をしてくれます。そして教えてくれます。
何よりそのより、何回でも先生は同じことを繰り返し教えてくれます。だから私の様に中々身につかない人間にも優しい場所です。
私達に折れない気持ちがある限り、この先生は私達を決して見捨てないと思う。
先生はポロっとこぼした言葉が響きました。
「みんな、途中で諦めてしまう。自分次第で何とでもなるのに」
私は諦めへんで!!!楽しいから!施術も先生のお話も!
ピラティストレーナー?インストラクターをしています。
同じピラティス仲間に紹介されました。
マシンピラティスがどんどん流行る今ですが、そもそもピラティスは自分と対話する為の方法論だったはず。
何か変だと感じていた私は紹介をされたときに「これだ!」と思いました。
からの~予約。 1週間後に取れました。
感情は様々。
素直に感動し、素直に劣等感を感じ、素直に戦慄を覚えました。
凄い! と 自分は全然ダメじゃん、と ここまでせなアカンもんなの?という途方もない不安感
でも、体と向き合うって本来はここまでするのが当然だとも思いました。マシンでは届かない場所に踏み込むための手。
私もAIの及ばない仕事をするには「手」が不可欠だと思います。自分が求めているスタイルがここにありました。
何よりの収穫は「気づくこと」の大切さ。
自分の症状を形作っている要因は、どれもが「自覚なし」のものばかり。
自分が「これだ!」と思っていた要因候補は全然的外れ。
それを先生は「知識や情報」で判断をしている訳では決してありません。私の身体から直接聞きだして判断をされています。
これぞまさに「手あて」だと感動しました。
そう、私も最初はそうでしたが・・・・・
「どうしても認められない。納得できない」
これが最大の壁でした。先生は「認知の段階」と呼んでいます。
この認知の向こう側にいくことができたら・・・・・変化は早かった。
ということは・・・症状を作っていたのは私?症状にしがみついていたのも私?
何よりそれを何とかしたいと思っていたのも私なのに。
ああ、私自身が原因だったんだ。と気づけたのは本当に良かったです。
ここからどこまで変えることができるのか!チャレンジは続きます!
やっとこれました!
前からずっと行きたかったけど、中々落ち着いて通える感じになれず。
やっとこれました!
聞いた通りの場所です。「自分で覚えていく場所」です。
俎板の鯉になった感覚では何も変わりません。だって先生はそこまでしてくれる訳ではないからw
「そこまで僕がやったら何も成長しないですよ」
言葉に出さないけれど、本当にそう問われている感じの場所です。
そう!ここは健康なカラダという点において学びに行く場所。覚えに行く場所。
先生は人間MRIか!というくらい筋肉と神経の解剖図を記号化して教えてくれます。
そう!その「からだの情報」こそが価値!
何をしなくてはいけないのか
何をしてはいけないのか
どんな流れで順番で、注意事項は?
それを全て教えてもらえる。でも取り組むのは自分。
先生は本当に「最後の美味しいところ」だけ私達に譲ってくれる。こんな贅沢があって良いのだろうか!いや良くない!
健康は専門家に与えてもらうものではなく、守ってもらうものでもない。
自分で育て守るものなのである!
それをここは教えてくれる唯一の場所なのであーる!
本当に嬉しかったし、ワクワクしてきた。だからこんな事を初めて投稿します。今までこういうのはしたことがありません。でも、こちらの口コミで私はご縁を繋げることができたので、私なりの恩返しです。
健康マニアです。健康を極めたい、知りたい、学びたい。そんな健康オタクです。
今まで50以上の病院や整体院、整骨院、鍼灸院に行きました。ええオタクですから。勿論健康関係の番組も録画してチェック。ええ健康でありたいですから
読んだ健康書籍は500冊は軽く超えます。家中そんな書籍だらけです。家族には「ガラクタ」と言われて肩身が狭い。
そんな私は悩みが1つありました。「何処に言っても先生が質問に最後まで答えてくれない」という事。それどころか怪訝な顔をされてしまう。きっと質問がしつこかったからです。
最初は笑顔で質問に答えてくれるものの、質問を重ねるにつれて顔が曇り空気も変わる。「知りたい」にブレーキをかけられる感じがして次の院へ流れる。そんな悪循環でした。
そんな私がここの口コミを目にして「?ここは何か違う感じがする」と期待を込めて予約。
やっと出会えた。ここだ。お気に入りのカフェを見つけた感覚。やっと「通える場所」を見つけた。
以下、私が感じたことを次のあなたへ届けます。参考にしてください
1.先生の知識が圧倒的過ぎる
初めて全ての質問に真正面から答えてくれる先生に出会えた。私とはもう次元が違う。私にとって「とことん問答」にこそ価値がある。
2.技術がとても自然体で優しい
カイロ=パキポキはここにはあてはまらない。人のカラダに従った自然な形の技術を主に使っている。個人的には「パキポキは人工的な介入に感じるから避けている」という言葉がヒットしました。
3.患者主体の流れ
ここは「私があなたを良くする」系ではありません。あくまで「私は貴方のお手伝いをする」系です。なので「学びたい」「知りたい」「教えて欲しい」タイプの人には極楽です。
逆に「して欲しい」「お任せします」のタイプの人には向かないとも思います。
4.安い
10,000円を高いと感じる人も多いと思いますが、このクオリティと時間だと私はむしろ「赤字」を心配するレベルです。
5.アフターフォローが手厚い
カルテと健康ピラミッドがとにかく凄い。ここまでくるとやはり「赤字」が心配になるレベル。
ここまで患者寄りの院は見たことが無いです。
まだまだ書きたい事は沢山ありますが、ここまでにしておきます。気持ちがワクワクしていると幾らでも書けてしまうし書きたくなる。
こんなにワクワクする院は本当に初めてでした。私はもうここから動くことは無いと思います。
紹介です。
私はサクッと紹介します。
「何とかしてもらおう」と思って行ったらダメです。
「何とかしたいから教えて!」と思って行ったら大正解です。
ここは「仕込み」を完璧にしてくれる。でも「仕上げ」は私達に委ねられる。
まるで先生が問いかけている様に。
「あなたは最後の1手間すら惜しむのか?」と。
自分の身体と向き合う為の寺子屋。それが俊カイロの真髄でしょう!
掛かりつけの先生から紹介されました。
キチンとカラダを整えると変わる事も多いからと。
整体は千里丘に引っ越すまでは丁寧な女性の先生にお任せしていました。そこは100ヶ所くらいの検査をしてくれる整体です。
そこ以外にお世話になろうと思っていなかったのでどうしようかなぁと。
でも、もう最後の施術を受けてから随分経つし、仕方が無いかと代替案として受けてみる事にしました。
受けてすぐ前言撤回でした。全然違う。検査がもう違う。凄い深い。素人の私でもわかる。
前の先生が頂点に近い先生なんだと思っていました。この先生はその遥か先にいる。本当に私のカラダと会話をする感じ。
私はずっと悩んでいました。「どうしてこんなカラダなんだろう」「どうしてこんなに体調が崩れやすいんだろう」って。
今まで「更年期だから」「ホルモンバランスが」「女性特有の」といった説明は聞いていたし、それで納得もしていたのですが、カルテを見て啞然。
「うわーこんな状態だったら当然ですよね」
悩む前に改善すべきモノがこんなにあった。何一つ知らなかった。気付いてもいなかった。
頑張って取り組んでいた事も、全く逆効果だったみたい。全部先生に伝えて全部説明してもらった。納得しかできない。
私は今まで何をやっていたのだろうか。
これで良いと思って、信じて取り組んでいたことがとんでもなくロジカルに「どうして惜しいのか」が説明されていく。
何なんだこの先生は。こんな先生今まで見た事も出会った事も無い。
カラダの現実を知る事。それは逆を言えば「覚悟を問われる」とも言い換えられる。
言い訳がもうできない。自分で決めて自分で動く。
何が必要なのか、何をすべきなのか。答えがそこにあるのだから。
後は「やる」のか「やらない」のか。本当に自分が試される。自分の気持ちと覚悟が「カラダ」に試される感じ。
健康が遠かったんじゃないんだ。健康に近付く素振りを見せていただけだったんだ。
ああ、結局は自分自身が原因だったんだね。