口コミ
テニスをしています。コーチから紹介されました。成績は国体参加がマックスでした。(過去形)
バリバリ現役では無いので今の目標は「末永くテニスを楽しむ事」です。パフォーマンスの向上ではなく「故障のないテニスライフを末永く」を求めてこちらにきました。
現役時代は筋トレを中心にしたトレーニングを組まれていましたが、こちらは神経系が多い様で中年にはとてもありがたい。テニスというより健康全般によさそうな取り組みです。健康寿命がのびそうだ。
実際、先生もテニスプレーヤーだとは理解しつつも「専用メニュー」ではなく一般的な流れで施術や宿題の組み立てをしてくれました。
はじめの時に色々とお話をして、こちらの要求を伝え、先生が提供するモノの説明を受け、それではやっていきましょうか。という感じです。
ここまでは一般的な整体院や整骨院と同じでした。
ここまでは。
ここからは全然違う。検査検査検査検査。検査検査検査検査。
もう検査の嵐。でもその流れがとてもスムーズで別に嫌な感じはしない。先生に説明されたり「どうですか?感じますか?と何度か問われるが「良くわからない」としか答えられない。左右どちらも同じ感覚で使っているから。
後で聞いたら「気付く人はそこで気付く」だそうで。先生はその場で「いやそれ違うの」なんて否定をしてくることはありません。「なるほど」と流していきいます。
これも後で聞いたら「現時点での感覚を確認しているだけ」だそうで、正解か不正解かは気にしていないそうで。
力が入るかどうかの検査だと思っていたら、色んな事を同時に調べられているんだなぁと感心した。流石はプロだな。
予約の時間は120分ですが、100分くらいで施術は終わって宿題や体の状態などの説明がされます。これがまた細かい。聞いていて半分も理解できなかったけれど、確実にわかったのは「変な癖の塊」だったという事。
カルテランクはDDでした。
運動習慣が私の支えでしたが、それは決して「自然なカラダ」の担保にはならない様です。歪んだ状態で頑張っていただけだった様で。
先週、別の院で施術を受けてたのに。それもプレミア矯正を。何で?ちょっとショックでした。褒められたのに。。。。。
そんな感じでスタート。
初期は2週間に1回ペース。下半身が安定するまではこのペースが基本だそうです。「ペースを守れない場合は?」と質問してみたら「施術はしますが、効果はやっぱり薄くなります」とのこと。
この先生の面白いところは「詰めて通えば効果は倍になる?」と聞いたら「施術ありきのカラダができあがるだけです」と2週間の壁が破れない。
今まで「詰めて。それも毎日が一番いい」と言われ続けていた私には意外な言葉だった「間を空けろ」なんて言う先生いるんだなぁと。
この先生は何か芯が通ってるな。そう感じる。
実際に変化を感じたのは、連結の宿題に入ったころかな。明らかに変わった。そう言える。安定感がまるで違う。ここで「あ、この為の積み重ねだったんだ」と気付く。信じて良かった。
先生の良いところ、商売が下手なところは「下半身が安定したから間隔を伸ばしましょう」と自ら提案してくるところ。今までの院では間隔をあけるなんてこちらが提案しない限り最短詰め詰めで通っていたぞ。
この先生は誠実だなぁと感じる。嘘が付けない人だ。
そして
そしてそして
体幹を通過し、上半身へ、そして全身の連結に入った時。先生の言っている事が「あ、こういうことね」と理解できた時。
テニスプレーヤーとしての自分が劇的に変わりました。もう本当に劇的に。多分変化は前からで、自分ではっきりと自覚できたのがこのころ。
足で打つ感覚。
ラケットで打つではなく、手首や肘、腕でもなく。「足」で打つ。正確には足の力でボールを迎える。
打ち返すじゃないんですよ。向かってくるボールを「迎え入れる」感覚。同じテニスというスポーツをしているのに、全く違うスポーツをしている感じに急に変わる。というか段階的に確信した。
第一段階:「・・・・・」
第二段階:「・・・・・?」
第三段階:「・・・こういう事?」
第四段階:「あ・・やっぱり」
第五段階:「・・・・・マジか」
覚醒期:「うわぁぁぁぁい」
こんな感じ。
現役じゃないから、落ち着いて状況を分析できたから。勝ち負けに拘る状態じゃないから。
そんな現時点での環境がそれを許してくれた気がします。これは新鮮だ。動く事が楽しい。テニスって「足でするスポーツ」だったのかと。
色んな事を試せる。それも楽しい。
隔週から始まった通院は、今は年2回になっている。
メンテナンスというより「維持できているかの確認」の為。
こういうところもまた、先生らしい。
書く。ここで自分が書く。パンピー代表として!
難しい技術の事も知識の事も私はわかりません。パンピー代表です。
過去編!過去編!
今までは本当に裏切られ続けました。今まで私が信じた先生にはそんなつもりは無かったのかもしれません。でも信じた私はそう感じました。
「良くなる」「〇回で十分」「もう大丈夫ですよ」
神経痛で歩くのが大変、お風呂大変、トイレなんてもっと大変。そんな私にとって救いの言葉となったこの数々。
信じたからこそ回数券を買った。先生開発のグッズも買った。お世話になっている恩返しのつもりで。一番高いスペシャルメニューを基本選択した。
言葉を信じて託したのだ。その気持ちとして、対価としてお金をキチンと支払ったつもりだった。言われた通りに週3~4で通い続けた。
症状が改善しなかった事に裏切られたと感じてるのではありません。結果を請け負った以上は「申し訳ない」と簡単に保証をした事への詫びの一言が欲しかっただけです。
でも誰もそれをしてくれなかった。クレーマーだと思われたのか受付でもう嫌な顔をされ始めた。担当まで院長からスタッフに変わった。
何なのだこの業界は。と一人で怒り狂っていた。
もうどうでもええわ。もうしらんわこの人生。そんなやさぐれマンになっていた私に、恩師が「私が信頼する先生や」とこちらを紹介してくれた。
すいません、ここからが俊先生の話です。ここまでは私の思い返すと燃え上がってしまう過去編でした。でもこれが無いと伝わらない。だから敢えて文章にしました。
〇初回
初回は120分。2時間。これ本当。この時点で何かここ違う。
私が過ごした時間。200分。3時間20分。施術よりも私がずっと自分語りをしていた。全部を吐き出した。先生は遮ることなく全部聞いてくれた。
そして「何が足りなかったのか」「何を埋めていくか」を説明してくれた。そして実際に検査。カルテランクEE。改めて見ると酷いカラダだ。
今までの先生は「もう大丈夫」と言ってくれた。でもそういう事に疑問符を持つ私に先生はこういった
「EEのカラダだと何が起きても不思議ではない」
しょっぱなから強烈なダメ出しを受けた訳だが、少なくとも私には光が見えた。現実的な課題が見えたのである。
真っ赤に染まったカルテを見て「具体的に見えるって、ああこれが見える化なのね」と不思議と冷静に。
なお予約は1枠だけど、先生は私の過去編を鑑みて2枠空けてくれていた。※後日それを知ってハートがズキュンする。
〇2回目以降
まさかの初回と同じ、毎回120分。
2回目からは20分くらいで6,000円とか払っていたのに、ここは120分で10,000円のまま。
いいのこれ?
内容は初回とほぼ同じ。全身を検査。宿題を通してどこまで変化が生まれているかを確認。
宿題をクリアーしていればカラダが確かに一気に変わっている。一方で宿題が今一つだったらカラダの変化は小さい。
自分次第で健康になれる?と光が更に大きくなった。今までは「受けて縋る」様な形だった。正に人頼み、神頼みだった。ここに来て私は自分頼みを覚えた。
〇宿題に詰まるパンピー
最初は簡単だった宿題が、少しずつ難易度が高くなる。
すると詰まるパンピー。難しい。コツが掴めない。でも先生は何度でも教えてくれる。確認の為に予約外の隙間時間に行っても対応してくれる。
でも先生は予約枠以外では決してお金を受け取ってくれない。今までの先生は「結構です」と言いながら「そうですか」と受け取った。俊先生は「これは業務外です」と受け取らない。次からは差し入れに切り替えた。これは受け取ってくれる。→私胸ズキューン
〇停滞する時は何かある
状態が停滞する時、必ず何かがある。私はずっと技術のせいだと思っていました。でも俊先生は優しく厳しくキチンと伝えてくれる。
「ここがブレーキになっています」「ここをこう使いこなして、症状が停滞するなら改めて考えましょう」と。
私の場合は殆どが「宿題の練度不足」でした。キチンと練習して掴んで身に付けると確かにカラダが前進する。
ああ、やっぱり私自身の問題なんだ。逆を言えば自分次第なんだよな。私また光が見えてくる。
足りない。ダメ、2000字軽く超えて怒られた!!書きたい事が多過ぎる。他の人に負けたくない!伝えたい!
え?私の症状ですって?もう日常生活に戻っています。何も気にならない。先生は「自分で育てた結果です」と褒めてくれる。私もうズキューン。
私や先生の先導のもと、自力で自分の人生を取り戻した。
一番大事なのは
俊先生には嘘が無い。言葉に責任が乗っている。信頼できる。安心できる。突っ走れる。
それが一番大事
この私が言うのだから!間違いない
自分で探して見つけました。自分が納得のいく先生を探して探してやっと見つけた。長かった!でも探してよかった。
こちらの先生に掛かる前に、本当にしっかりとことん「何を目的にするか」を考え抜いた方が良いです。何となくで来たら多分「う~ん」となると思います。一般的な整体院とは本当に違います。パーソナルジムに近いです。機械は無いからトレーナーか。そうかパーソナルトレーナーですね。そんな感じです。
〇何をしてくれるのか
1.全身の検査をしてくれます。
本当に全身の検査です。この検査がまた面白いのがカラダの成長度合いに合わせてより厳しくなっていくという事。
最初は70点くらいで合格が出ますが、全身のバランスが取れてくると「じゃあ細かくいきます」と検査精度が上がります。
最初は力が入るかどうか。次に力が綺麗に出せているかどうか。更には力の方向が正しいかどうか。
まだ次があったのか!とぬか喜びしてしまいますw
2.検査しながら教えてくれます。
検査をしながら力の感覚?について色々教えてくれます。これが惜しい、これはこうなっている。だからこうしていかないと身体が整わないなど。
自分では普通の感覚なので「え?」となる。自分にとっては普通だけど、これ普通じゃないの?となります。
感覚の上書きと先生は仰いますが、これが割と厄介でした。でも、これができる様になると本当に身体が変わる!
そして私は靴(ランニングシューズ)が本当に履けなくなった!あと、補正下着もダメになりました。つけた瞬間のあの「あ、切り替わった」という違和感。
これが感じ取れる様になります。
3.宿題指導があります
今、必要な事を宿題として指導してもらえます。簡単そうで難しい。そしてこれにもやっぱり段階があった。
ストレッチボードなんて立ってたらいいだけと思っていたら、これも使い方がしっかりある。そしてストレッチの仕方もしっかり方法論が確立している。
適当にしていると逆効果なのかと気付きます。なので宿題の正しい取り組み方も最後にしっかり指導してもらえます。動画もあるから親切設計
4.後でカルテが送られる。これ毎回
施術の後にカルテがラインで送られてきます。これがまたわかりやすい。
面白かったのが全体としては80%を超えて優秀じゃん!と思ったら凄い偏った「くびれ」が出来ていて、ああだから腰痛が出ている訳ね。と百聞は一見に如かず状態になる。
「ここを補えばいい」と教えてくれる一方で「ここを補わない限りは変わらないのか」と今までの自分の頑張りが「惜しい。かなり惜しい」事に気付く。
5.質問が自由にできる
個人的にはこれが一番良かった。求めていた。知りたい、この欲求に応えてくれる先生をどれ程探し求めた事か。
一般論は私には不要だった。もうそれは知っている。そうじゃなくてもっと地に足付いた「理論」に触れたかった。それも自分が納得できるレベルの。
専門性を突き詰めた様な俺様理論が聞きたかったけど、ここではそれがあふれ出している。私にとってはもう図書館を手に入れた様なもの。
質問はラインなら無制限、院内でも枠内なら自由。時間の使い方を自分で決めていいという点もありがたい。施術が多少次に回っても私はキチンと話を聞きたかったし質問したかった。
聞きたいことが全部聞けて、スッキリして帰る事ができます。
6.納得が大切だと思う
自分が納得できる事。やっぱりそれが一番だと思う。
私にとってはそれができる場所が見つかった。施術も宿題も納得している分だけ楽しい。あれこれ考えて取り組み、先生に出来・不出来を検査で確認してもらう。問題なければカラダが整い、惜しかったらカラダに歪が生まれる。
とてもわかりやすいのだ。
そう、私は先生が言う所の「取り返しのつく失敗」を沢山出来る場所が欲しかったのだ。失敗の数だけ経験値は溜まる。それも自分自身の中にたまっていくのだ。
こんなにコスパの良い話があるだろうか。持ち帰り可能なんですよ!
こういう「蓄積型」を探していたのであ~る
資格はOT,講師業としてはピラティスをしています。マシンピラティスです。
もっと自分を磨きたい!と思ってこちらの門を叩きました。同業プランを利用しています。特に確認作業も無かったので申告しなければそのまま一般プランでいけそうな感じもします(汗 そういうところは無頓着な先生です。
でも、先生はすぐ気づきそう。感受性が凄い豊かな先生です。言葉やしぐさ以外から沢山の事を読み解きます。常にダブル、トリプルチェックがリアルタイムで進む感じ。凄い集中力だと思います。
私がマシンピラティスをしている事もあって、先生は凄い量の質問をしてきます。逆質問です。先生が素直に感じた疑問点を素直にぶつけてきます。そして私はそれに全く答える事ができませんでした。わからなかったからです。
その時に初めの「あ」がやってきました。自分はピラティスの専門家なのに、伝える事はできても、答える事ができていない。理解した専門家ではなく暗記した専門家なんだ。。。と自覚したのです。いやいや、させられた。それも質問だけで。
というか、自分が理解しているピラティスって何だろう。単なる「方法の暗記」であって自分の言葉で説明できる事、自分が確信もって伝えられるモノがない。全部教科書に載っている事、先生から教えてもらった事しかない。
え、専門職ってこんなんだっけ?と自問自答とただ何か恥ずかしい。みっともないという自己嫌悪?とは少し違う羞恥心がモクモクとわきあがる。うわぁ聞いた通りだ。禅問答が始まる。強制的に自分と向き合わされるT_T
今まで通ったセミナーは「ほめてくれる」場所でした。先生も仲間もお互いに褒める、認めあう。一緒に頑張ろうと。とても居心地が良かったです。
ここは私を1人の専門家として認めてくれている先生が「専門家に」質問をぶつけてくる。浅い質問から入り、とどまることなく掘り下げられていく。とにかく先生が楽しそう。「本職に聞いてみたかったんだ!教えてくれ!」感が凄いw
専門職として敬意を払われた上での質問だけに、答えられない現実が余計に心に刺さります。もう先生の方が良くご存じな気がしますなんて言えない。
思い知らされるってこういうことなのね。ええ、思い知ったわ。
〇「あ」と「え?」の連続
私は今まで生徒さんに「良い商品」だと思って色々な物を販売してきました。利益はもちろんですが、何より効果がキチンと出ると私が思ったモノしか扱いませんでした。
先生のご要望でそれらを持ち込み、私が実際に着て、履いて検査をする。その結果生まれた感情は「え?」です。
想像していたものとは全く真逆の結果。納得がいかない私は同じ検査を10回くらいしてもらいました。
着けたらアウト、脱いだらクリアー。おかしいでしょ!反対でしょ普通。
あれも?これも?え?どういう事?じゃあ自分が感じていた「良しいい感じ」という感覚はそもそも間違いだったという事?
ピラティスの人として、というよりその前のOTとしての自信まで崩れていきました。もうガラガラと。ベルリンの壁崩壊です。※年代バれる
ここで私は覚悟を決めた!腹括った!自分を否定して作り変える!辛い!自分の努力を否定するようで本当につらい!でも今しかない!ラストチャンスかもしれない。焦りの方が強かったかも。
でも今考えるとこの商品を買ってくれた人達、私を信じてくれていた人達に対して何という事をしてしまったのか、という罪悪感が一番強かった。偉そうに独立開業だー!って息巻いてこれ。燃え尽きそうだった。
月2回、みっちり半年通いました。合計で12回。先生からは「一通り終わったよ」と言われたものの・・・・・できてないわ!私が!!ペース早いのよ先生!
という訳でキチンと心身で理解・身に着けるまでと半年追加!合計24回!
19回目くらいから自分の感覚に自信が持てる様になりました。なので最後の5回は来たぜ2軸歩行!
これがまた難しい!理屈はわかるけれどカラダが中々馴染まない!ですよね、数十年の癖を上書きですもんね。でも先生優しい。歩行指導を院の外で実際に見せてくれながらしてくれました。ほんと助かる!覚え悪いから!
〇そして始まる怒涛の「ええ~!」
マシンを使う、高性能シューズを履く、着圧スパッツを履く、スポーツソックスを履く、ポールを使う、サポーターを使う、補正下着を使う、コルセットを使う
もう色んな事を試しました。もう驚きしかない。ええ!ナニコレ!えええ!!
感覚が今までと正反対。つけて安心、頼もしい!いいわ~!だったのが「何かが崩れる!え?アカンアカン!うわ!うわ!」と何かが崩れる。
「ありきの健康」の意味がわかった。先生の見てる世界がわかった。
私が今までいた世界が客観的に見えた!
Hello World!
ずっと悩んでいました。
坐骨神経痛、片頭痛、背中のハリ、倦怠感。疲労感。首肩のコリまで。症状のオンパレード。脳のMRIでも異常なし。腰のMRIではヘルニアと診断を受け。
病院では手術をした方が良いと提案されたくらいです。でも怖くてそれは避けていました。
東京の先生や名古屋の先生、兵庫の有名な先生にお世話になりました。勿論大阪の先生にもです。芸能人が通う先生やアスリートのトレーナーをされているという先生ばかり頼りました。
最初は「任せてください」と言ってくれてとても嬉しかったのですが、中々症状が取れない状態が続くと対応が最初と全然違ってきて「これは難しいかも」と言われてしまい。。。。ほかの先生を紹介されても似たような状況になり自分でももう無理なのかなと諦めていました。
今の自分でできることをしていこうと。うまく症状と付き合っていけばいいと。
少し投げやりな感じになっていたのですが、そこで両親が紹介を受けてこちらを知りました。多分8院目です。
自宅から一番近い。これがまた何ともご縁といいますか。ぐるりと一周して辿り着いた感じがします。そんな感じでお世話になることに。
そして初めての民間療法の院でした。今までの院は全て国家資格をお持ちの先生ばかりだったので。民間資格の先生はどうしても敬遠してしまうといいますか。
藁をもつかむとはまさにこのことですよね。先生にとってはとても失礼な話だと思いますが。。。。もう行き場を失ったから来てみた。それが正直なところでした。
実際にお世話になってからですが、結論から先に入りますと症状は殆どありません。現時点では。まだ通院中です。でも症状を何とかするために、ではなくて体の使い方をもっと学ぶ為です。通う目的が途中で変わっています。
これは私だけでなくて、この院のテンプレートだそうです。
月並みな今更な言葉なのですが「最初からここにきていたら良かった」と心底思いました。先生に支払った金額は15万くらい。
ですが、ここに来るまでに支払った総額は80万以上です。交通費や宿泊費を加えたら100万は軽く超えています。でも何も変わりませんでした。※先生はどなたも一生懸命してくれました。
何を基準に選ぶべきだったのか。あの時の自分に伝えたいことが沢山あります。もっとキチンと考えてから選ぶべきだった。
今も私と同じ様に困っている人が沢山いると思います。お世話になっている先生を信じて毎日通っている人も。
もしここを選択肢に入れている人がいるなら、私の感じたことがお役に立てるかもしれません。主観的なものですが残します。先生が仰るギャップを取り除くお手伝いになるかもしれませんので。
●「自分に足りないもの」を教えてくれる
ここは「受けたら良くなる」系統の院ではありません。本当に違う。今の自分に「足りていない」「違う」「惜しい」を教えてくれる場所です。
身体に良いと思って取り組んでいたこと、買ったもの、使っているもの。
自分で自分の体を追い詰めていることが少なくないそうです。私も健康グッズを幾つも指摘されました。
「正しい情報と知識」を教えてくれるので後は自分次第。本当に自分次第になります。
●私達に任せてくる
先生は「教えてくれる」までは超理詰めです。頭がパンクする量の情報を流し込んできます。体の状態、問題点、課題点、克服するために必要なこと。
でも、そこから先「するかしないかは任せます」で終わり。強制は一切しません。本当に道筋はつけてくれるけれど、お尻を叩くことはしません。見守ってくれるだけです。
自分の健康は自分で育てるべき、と考えているそうです。
●なんでも教えてくれる
俊先生はLINEでの質問は無制限です。こんな先生は初めてでした。当然ですが、質問に対しての返信のボリュームが凄い。超理詰めです。
自分がどれだけシンプルに物事を考えていたのか思い知りました。健康器具なんて「やればよくなる」くらいに考えていた程度です。だから身体を悪くしていたのかと。
●症状は変化を重ねる
これは新感覚でした。痛みや違和感がスパン!と取れることはありません。ただ、じんわりふんわりと変化していきます。この変化を楽しめる人は大丈夫かと。変化って希望が持てるんですよね。宿題を頑張った分だけ変化がきちんと出るのはうれしいポイント。
●習い事の感覚
先生の施術を受けに行く。という感じではなくてカラダの使い方を教えてもらいに行く。そんな感じで行くのが良いです。「受けたら何とかなるだろう」で行くと何も変わらないんだけど。となりそうな気がする。
変化は施術より宿題の積み重ねでした。私の場合は。先生は段取りをつけてくれるだけ。でもそれが一番大事。
そんな感じの先生です。
同業者です。開業の理学療法士です。整体院やっています。
こちらに来る前はPT/OTに特化されていた(と思う)整体セミナーを受け、開業に至りました。売上的には順調です。その点は有難い。
ただ、身元がバレないからこんな事を堂々と白状しますが、仕事にやりがいを感じる事ができていません。ただ、ただ売り上げを上げ続けているだけの状態です。
習った通りに言葉を出し、予約を先々まで取り、施術をする。それも短時間で。自分が何をしたかったのか。お金が欲しかったのか。やりがいが欲しかったのか。仕事がどうしても指示待ちになるのでそれが苦痛で仕方が無かったから独立をしたのに、結局やっている事は同じ。
相手が誰であろうと対応が同じ、言葉も同じ。やっている施術も同じ。金太郎飴の様な毎日で売り上げは確かに上がる。PTを信じてくれる人たちがやってくるから。凄い胸が痛くなりました。だからここに来ました。答えが見つかるのではないかと思って。
1年くらいお世話になったのですが、お陰様で自分なりに答えが見つかりました。
この人にはかなわない。辿り着けない。それが私の結論です。
色々な方が仰る「ステージが違う」「次元が、格が違う」という言葉は本当にその通りです。根本的に設計図が違う。
施術家として提供するサービス、技術。それはこの先生からすれば「オマケ」なのです。何より最優先にされてるのは「ヒトのカラダの分析」です。その掘り下げの途中で零れ落ちる知識や経験、技術がサービスとして提供されています。
わかる人にはわかると思いますが、この時点でもう規格外なのです。
私達は殆どが仕事、それ以外を分けています。「仕事だから」という理由で取り組んでいる人が圧倒的に多い。だから仕事以外の時間ではカラダの事はそこまで意識にあがりません。「業務外」だからです。
この先生は違う。「歩く」「立つ」「走る」「動く」全ての日常が研究対象であり実験であり、自分以外の人は「貴重な教科書」です。街中で出会う人全てが教科書になっています。だから思考が止まらない。
来るたびに先生の考え方に変化が起こるのは「日々考え続けているから」です。「毀誉褒貶」でも「朝令暮改」でもない。どんどんブラッシュアップされているだけです。
ライフワーク化していると言って良いと思います。こんな人、少なくとも出会ってきた開業PT/OTには1人もいなかったです。皆、如何に短時間でより多く稼ぐか。それを第一に開業に向かっていました。※言葉は立派でもサービス内容がビジネス的(高単価かつ短時間)というか。
プロは短い時間で纏めるもの。そう信じていた時期が自分にもあります。開業直後はずっとそうでした。
でも、どこかで何となく気付いてもいました。「知らない人に向けて手抜きをしているだけだ」とも。
色々な言い訳を自分の中で用意してやり過ごしていましたが、ここに来て全部吹き飛ばされました。何も言い訳できない。先生のカルテを見せられて、検査を受けて思った事。
「ああ、これが本当の整体だよな」という事。
丁寧にカラダをみて、思考し、原因と結果を結び付けていく。そして可能性をリスクの小さい順に、カラダが喜ぶ流れで育てていく。
自分で自分のカラダをお世話する事。手間を掛け、暇を与える事(ここ、受け売りです)
自分がなりたかった理想像がここにありました。ただ、そこに至る道筋を見せつけられると自分には到底できない。どうしてそこまで楽しめるのか。
これがビジネス感覚で開業した人間と、強烈な使命感、目的意識を持った人間の差なのでしょうか。
1を聞いて10を知る。それができる層がきっと「職人気質」と呼ばれるホンマもんになっていくんでしょうね。
売上ばかり追い掛けている人は一度経験しておいた方が良いと思う。背中を向けるのだってアリです。
ただ、ホンマもんを肌で感じておいて損は無いと思います。
あ、あと「あの先生は矯正しない、それはできないから」と言う同業何人かに会ったことがあります。※彼らは実際には受けていなかった。
確かに先生は殆ど矯正をしません。しても最小限です。
これは矯正を受けたレアケースとして言わせてもらいたい。
Youtubeでよく見るパキポキ動画。それの半分以下の小さな動き。そして1本だけがポコンと動く。滅茶苦茶スマート、コンパクトです。
関節矯正、というかその段取りが滅茶苦茶上手です。だから矯正が本当に小さくポコン。でした。
先生は「できない」ではなく「できるけど、しなくなった」側です。間違いない。
整体師をしている理学療法士です。
勉強会に参加した流れでこちらにお世話になることになりました。
先に言ってしまいます。私はかなり「斜に構える」人間でした。勉強会に参加していても発言もせず「ああ、ふ~ん、そういう感じね」とマウント姿勢で参加。凄い恥ずかしいことをしていました。今となって考えてみると恐ろしい。。。。「知らない」ってこういうことですよ!皆さん!
ええ、これが国家資格病です。無資格の方を無意識に下に見てしまう。おかしな話ですよね、国家資格の世界から降りて整体院を開いたというのに。こういうところにも自分の弱さというか醜さが出てるなぁと我ながら思う。
さて!最初は斜に構えての参加からで、話半分の中にいたのですが、なぜ自分が変わり始めたのか。それはやっぱり自分のカルテを見せつけられてからです。ヨガやってます。ジム通っています。水泳だってやってる。マラソンも走っていますよ!
でも、ランクはCとC。テストはどんどん×がつく。頑張って力を出しているのに「力は出ていますけど、繋がっていないんです」と撃沈撃沈撃沈。
自分がパーソナルで学んだ力の使い方が殆ど「チェーンを意図的に切っています」と指摘される。これはあくまでジム用の使い方であって健康的な使い方とはまた違うんだ。と学ぶ。考えてみたら当たり前なのに。
そうか、ここはあくまで健康的な体の使い方を学ぶ場所なのか。なるほど、そういうことなのね。とここに気づいてから急に楽しくなりました。
ピラティスインストラクターしています。資格だけなら沢山持っています!先生の5倍くらい!
でも集客以外ではな~んにも役に立ちませんでした!私の不安を払拭してくれるだけの賞状です。私は頑張ってる!頑張ってきた!って。
私はここのヘビーユーザーです。最初はノウハウ取っちゃえ!的なノリで潜り込んでいたのですが(ちゃんと同業枠ですよ!!嘘ついていない!)、早々に白旗。もうチンプンカンプンで理解が追い付かない。教科書で学んだ部分はわかりますよ。でも問題はその先!そこから先!
自分が如何に「教科書通り」の指導しかしていなかったかを思い知らされる恐怖の2時間。先生は「わかっている人」扱いでどんどん解説をしてくれる。「わかりません」が言えない私。もう真っ赤っか。こんなに恥かいたのっていつ以来だったかしらん?
「スキルを盗むとか言うてる場合じゃない」とまじめに1から勉強させてもらおうと通い始める。私は月2回です。それ以上のペースは許可されません。どれだけ早く来させてといっても隔週です。私のクラスなんて週3とか入れてたよ。私、生徒さんに何をさせていたんだろう。。。。今となっては本当に恥ずかしい。
ああ、当分は専門家って名乗れないです。本当に。ピラティスもヨガも基本的な知識は確かに私の方がありますよ。実践だって私の方が先生より圧倒的。でも、本質の理解は先生の方が段違い。この悲しみ、わかってもらえますか?
自分が「形だけ」だと思い知らされるんです。先生と深く掘り下げて会話するほどに。足りない、足りない。ああ、私足りてない。ってT_T ああ、枕を涙でどれだけ濡らしたことか!!!
おっと私の愚痴みたいになってしまった。いかんいかん。
私がこうして口コミを紹介させてもらおうと思ったのは、私もようやく感じ取れたから。俊カイロ名物「あ」を迎える事ができたから。
何で私は感じ取ることができたか。
1.ウォーキングシューズ
2.加圧ストッキング
3.姿勢矯正ベルト
4.加圧ソックス
5.5本指ソックス
かつての私がとても愛用していたものばかり。
ここでカラダを整えて、2軸歩行もそれなりに理解が進み。そしてその感覚がやっとわかってきたなと自画自賛できるくらいになった今!今!今!
先生にいわれてからずっと封印してきた「割といいお値段」をされていた美の軍団!
さぁ封印を解くときがきたわ!私にその力を示しなさい!
もうビックリした、なんてレベルじゃありませんでした。
え?何これ? 私に何が起こった?
無理無理無理無理無理、何か変、何か変。ナニコレ!
先生がおっしゃっていた「知れば戻れないと思ってください」はこういう事?
衝撃的でした。私はここに来るまではこの感覚の中でずっと暮らしていたの?何も感じる事なく。
世界の色が変わるって、全然大袈裟じゃなかったよ!
私、子供の靴も靴下も、全部買い換えましたもん。
旦那のは・・・知らん。
ああ、知れてよかった。感じ取れる様になって本当に良かった。
先生、これからも宜しくね!
忖度無し、媚びない、徹底して本質を追い求めていく。
完全に職人さんです。
ビジネスとしては「ふんわり」したものを提供した方が確実なのですが、個々の先生は全くそれをしません(笑 清々しいくらいに基準は「健康か否か、自然か否か」で判断をされます。
だから「聞きたい言葉」を聞ける場所では無いのかも。求める側が求める「願望・都合の良い解釈・言葉」とは真逆の「悲しいくらい現実的」な正しい情報をとても優しく伝えてくれます。そう、スパッとは伝えないんです。優しくでも正しく伝えてくる感じです。
それが先生なりの思いやり、気遣いなのだと思います。専門家としては間違いは正す。でも言葉にはきをつける。そういう先生です。
私も例にもれず。ありとあらゆる健康グッズをここに持ち込み、そして全ての説明を受けました「だから余りおススメはできない」と。
悲しいくらいに理路整然と説明されるので、値札の〇万円が悲しくなりました(笑 私は今まで何をしてきたのだと。
だって、商品の半分くらいは整骨院、整体院、ヨガ、ピラティスの先生からおススメされて購入したモノばかりだったから。
自分がある程度の理論武装をしておかないとこうなるのか。。。。。と身をもって思い知りました。
でも、この先生を前にしてちょっとだけわかったこともあります。今までの先生だって悪気があったわけじゃない。本当に私にとって必要だと思ってくれたから、そして先生自身も良い商品と思っていたから私に勧めてくれただけ。
そう、私もそうだがその先生方もまたそこまでカラダや健康を掘り下げていなかったのだと思う。俊先生がある意味特異的なだけで。
施術を受けるというより、話をしっかり聞いてみて欲しい。そして自分が知りたいことを全部ぶつけてみて欲しい。
きっと自分の中にあった「健康」「カラダ」についての概念がボロボロと崩れ出すと思います。ああ、私はこんなにも知らなかったのか。知ったつもりになっていたのかと。
そう、もっと言うなら世の中にはどれだけいい加減な情報があふれているのか。それも「もっともらしい」体をなして。
知れば知る程、世界がドンドンシンプルになる。
今までは専門家の先生の言葉を指標にしていましたが、どんどん自分自身が自身の指標として成長していく実感。
認める事、知る事、経験する事、考える事、訊ねる事
ここで学んだ、身に着けた事は、根本的に一般的な整体院とは違う。全く違う。
からだをほぐすとか、整えるとか、パキポキするとか、そういった一面的なものではありません。
こんな整体院?見た事ない。経験したこともない。
でも、先生は積極的に引っ張り込む様な事も無いです。本当に「ご自由にどうぞ」みたいなスタンス。
でもこちらが聞けば、問えば、とんでもない情報があふれ出てきます。私達の働きかけに対して対応してくれる感じ。
本当にここは「お任せします」では何も変わらない。先生も「お任せします、が慢性化の原因なんです」と先に伝えてくれます。
目的をもって学びに行く場所だ。そういう意味では理想的な環境だ。
カラダの使い方をひとつひとつ積み重ねていく感じがします。
私の症状は首/肩が主なものでしたが、こちらでは足元から身体を作り直していく感じです。
ここまでに幾つかの病院や整体院、整骨院などにお世話になっていましたが、首肩を直接触ってくれて、その場はとても楽になるのですが、やっぱり数日で段々と症状が戻ってくる繰り返しになっていました。
頭ではわかっているつもりですが、どうしても手っ取り早く解決をと考えてしまいズルズル続けていたのかなと思います。
途中でヨガやマシンピラティスも挟んでみましたが、中々状況に変化が見られず。
最初からこうしておけばよかったな、とここまで掛けていた時間とコストに後悔を滲ませつつ。こちらにお世話になる事に。
症状自体は3カ月あたりで特に気にならなくなりました。宿題は丁度、肩甲骨剥がしに入ったくらいです。
今まで通った期間は軽く1年オーバーでしたので、期間としてはとても短く助かりました。
自分としては「カラダの事」を沢山学べたのでとても良かったです。先生も仰っていましたが、施術そのものよりも「生活の引き算」が本当に効果的だったと思います。
特にスマホ。
スマホを手放せないので、使用する時間帯を少し調整する事から始めた形ですが、確かに変化が生まれます。
お風呂の入り方も少し変えただけで、ビックリするくらいぐっすり眠れる様にもなりました。当然、朝もスッキリ目覚めます。
寝る前の着圧スパッツもやめて、カラダが軽い!今まで自分は「カラダに良い事」と考えて取り組んできたことの多くが実際はマイナスに働いていた様です。
キチンと知るだけでこんなに健康が近付いてくるなんて。今までは「知る事」を大切にしていましたが、今度は「正しいことを知る」事を意識して頑張ろうと思います。
というより、わからないことはもうこの先生に聞いたら解決する気がします。
自分で調べると絶対に「自分に都合よい解釈」をしちゃいそう。
同業者です。整体院しています
一応、教える立場にもなっている程度の評価は受けています。
こちらの先生の勉強会には可能な限り参加させてもらっている状態です。それだけでは足りないので月1で通っています。自分のカラダをメンテナンスしてもらう、というより自分のカラダを通して学ぶ為にです。
同業の人がこれ以上増えて欲しくない。それが本音です。何故なら「同業枠」という限りある枠を常に争っているからです。前もって抑えておかないと一瞬で埋まる。私は常に3回分をキープしています。
この文章は一般の方向けの紹介文にしてあります。同業者はもう増えて欲しくないので!T_T
「他と違う点」
1.たぶん、関西で最も同業者が通う院です。
通称「俊詣」と呼ばれる儀式で、私達割と古参組には「挑戦」と呼ばれています。
ほぼ全員が「私は私、自分は自分」と強がって戻ってきます。これが通称「思考停止(完全敗北)」と呼ばれる現象です。※別に勝ち負けでもなんでもない。
自分の過去に慰めてもらう事で自我を保つ状況です。(私も経験何度もあり)
2.たぶん、関西で最も知識・情報量が豊富な先生です。
個人的には西日本でもトップクラスだと思います。
いや米国公認DCには届かないだろ!って思いますよね。普通は。細菌学や公衆衛生学やらまで手を伸ばすDC見た事ありますか?物理学やら力学まで掘り下げてるDC見た事あります?
私は過去出会ったDC1人もいなかったです。
更にはそこにコンサル時代の知識と経験が組み込まれています。昔でいう官民一体みたいな感じ。おいうちとばかりに毎回こなす200?くらいの検査カルテがday by day に積み重なっていく。
もう別モノなんです。我々みたいな「痛みを取るぞー。楽にするぞー」なんて言っているレベルとは。
だから会話が噛み合いにくい(汗
先生が伝える本質的な話は我々には極めて抽象的に聞こえてしまう。
なのでここに来る多くの人、そして先生自身もとても苦労されていると正直思う。
ステージが違い過ぎて視点のすり合わせが大変なのだ。
3.たぶん、関西屈指の患者寄りの先生です
ここまで患者側に寄ってくれる先生はまずいません。
寄っているふりをしている先生は沢山見てきました。この先生は元患者と言う立場があるせいだと思いますが、それが絶対にできない。「師匠の楔」とも仰っていました。
よくある10分、20分ほどの施術で毎日、週数回通院といった事は絶対に提案しません。必ず2週間は空けてもらっています。
この2週間の意味が理解できるかどうかで色々なものが大きく変わる。先生は毎回伝えてると思いますが、それが残念ながら「今、必死!」な患者さんには中々届かないとも思う。
私はそれでいいと思う。先生は誠実に伝えた。あとは当事者本人さんが自分で決めればいい事だ。何せ自分のカラダ、健康なのだから。
4.関西屈指の低価格院
支払いコストは10,000円/回
これを高いとするか安いとするか。それは完全に支払う側の意識に委ねられると思います。
高いと感じる人は、結果をとにかく求めているはず。今何とかして欲しいんだと。そうなると先生から提供される情報に価値は生まれません。間違いなく高い。言葉で痛みが取れたら苦労しないんだよとなる。
安いと感じる人は「確かな情報」を求めているはず。何をすべきなのか。今どうなっているのか。「知りたい」という気持ちが強いはず。そして「わからない」事が不安を生んでいると理解している。そういう人にはここで提供される情報がとてつもなく宝に映るはず。当然「安すぎる」となる。
5.間違いなくビジネス感覚でしていない
これは経営者として良いのか悪いのか判断に困るw
ひょっとすると現時点で先生に勝るのはこの点かもしれない。利益率や回転率を割と度外視している。実に先生らしい。
ほぼ全てを患者さんに還元している。時間・情報・手間暇と。
受けるたびに「ここまでして、この金額、この時間ってええの?価格破壊もたいがいにしてよ!」と思ってしまう。
自分の院が遠くて良かった。こんな採算度外視の院が近くにあったら一瞬で比較されてアウトだった。
でもこれもわかる。
この姿勢があるから、先生はこの領域まで辿り着いたという事も。ソロバン勘定していたら無理だ。絶対に無理。リームー
6.関西屈指の探究者
これに尽きる。
学ぶ我々の10倍は新たに「?」を生み出し、単独で「!」へと変換していく。
何よりその過程の仮説数がまた桁違い。
「どうしても気になったからあれから歩いてみたんだ8時間ほど。すると新たな気付きが4つくらい降りてきた!最高だ!」
まだこんなことを言っているし、何より行動しているんですよ。
首肩~腕とぼんやりする違和感と付き合い始めてはや数年。
週1~2回は信頼している先生(こことは違う)の院でパキポキしてもらっていました。パキッとしてもらうと本当に楽になる。スッと抜ける感じ。
でもそれが半年くらい続いて流石に「これは解決じゃないな」と気づく。流石に気付く。
だからこちらに来ました。
まだ通院しているところなので結論までは至れません。でもいえることがある。
こちらの先生はパキポキはしません。それは最初に言われました。「自分の理想とは違う」と。そこは納得。
宿題も出る。それも納得。自分が作った原因を1つ1つ整えていくと。なるほどそうだよなと。
納得していない訳ではなく、驚いたのが「宿題」以外のアドバイス。
私の場合は「湯船につかり、ぐっすり寝ること」でした。
温度も時間もキチンと説明してくれて。そして試した。
3週間後くらいに「あれ?」と何かを感じた私。そう、違和感を感じる。
「あれ?腕のピリピリってこんなんだったっけ?」
宿題はまだ下半身。腕には来ていない。下半身を整えると上が整うという話がこれか?それにしては効果大きくない?
先生曰く「宿題よりお風呂と睡眠時間」だそうで。
えええええええええーーーーーーーーーーー
そっち?そっちなの?
たったそれだけ?
「ええ、それだけです。でもそれだけの積み重ねがそれです」というお返事。
これか。ここで時々出てくる「あ」というのは。確かにそうだわ。呆気にとられるわ。
あれだけ苦労して、週数回パキポキしてもらい続け、レントゲンにMRIに血液検査。なんでもござれでここまできた。そして何も変わっていなかった。
それが何? お風呂? 寝ること?
そんなことでこんなに変化するの?
「はい」と先生。
やめたらどうなるの?
「多分、戻ります」
えええええーーーー
そんなもん?
なるほどな。ここは通う側の理解と納得が必要なんだ。言われたからやる、では元の木阿弥というわけか。
なるほど。確かにここは健康の学校だ。
間違った知識を整え、独り立ちさせてくれる場所なんだろう。
先生任せだった私が、一番他人事にしていたわけね。そうか、そうか、そういうことか。
何か謎が解けたよ。健康ってそういうもんなんだね。
知らないことのこわさ、
知らないからこそいい加減な情報をうのみにしてしまう。
そして頑張る。
その努力が報われないままに。
状況を自ら悪化させている。改善の為と信じながら。
ああ、謎が解けたわ。そら根本問題は私ですわね。私自身ですわね。
先生、ありがとう。
紹介でお世話になっています。
他の方も仰っていますが、本当に「よし行こう!!」と思って「来週だな」なんて思っていたら痛い目あいますw 来週いけたらラッキーくらいです。
その理由は簡単で、
・1日の人数が極端に少ない→4人くらいかと
・1人あたりの時間が長い→2時間くらい
これはもう感覚というか、価値観の話になると思うのですが、パパっとみてくれたらええ。この痛いのを何とかしてくれへんか?という感覚の人はここは絶対に合いません!私が断言する!
本当にそういう場所じゃないんですよ。ここを選ぶ前に何度も自問自答した方がいいです。
・自分は何をしたいのか
・自分は自分で頑張れるのか
自分で頑張ろうと思えない、むしろ「頑張りたくないから任せたい」と思った人!やめた方がいいです。絶対に先生の感覚、価値観とあいません。流れ込んでくる怒涛の情報に溺れちゃいます。
そうじゃなくて
・正しい事を知りたい、教えて欲しい
・自分でもできる事が知りたい
・健康になりたい
・自分健康は自分で守りたい
こんな感じの感覚だったら絶対にここに来た方がいい!私がやっぱり断言する!
「急がば回れ」という言葉「先ず隗より始めよ」という言葉、本当にその通りだとここで学べます。気付けます。そしてハマります。
私達って痛いの何とかして!この症状を楽にして!そう願って縋ると思うのです。でも、その願いは「当事者としては決して間違っていない」一方で「根本解決から最も遠い」という悲しすぎる現実を学べます。ここで。
響くポイント、言葉はきっと1人1人で違う。絶対に違うと思う。私の場合は「ダイエット」のお話でハッと腑に落ちました。
ダイエットが失敗するのは「体重を落とす為の生活」をするから。それも「体重が落ちるまで」の期間限定で。それでリバウンドをしない人類はいない。とまで言われました!
じゃあどうしたらいいんですか?
私にとっては凄いズバン!な答えがやってきた!
「目標体重に適した生活を送れば勝手に辿り着く」
ズバァァァぁぁン!!ドカァァァぁぁン!!ズドォォォぉぉン!
ですよねぇぇぇぇ!!!ですよねぇぇぇ!!!
リバウンドするダイエットをして、リバウンドに悩むこと自体が理解できない。
リバウンドをしない形で取り組めば、リバウンドなしでダイエットができるじゃん。
それが知りたい!と先生に問うたつもりが「いや、それ知ってますよね。単にそれを選びたくないだけで」と論破王ばりにスパンと返されました。
そうなんですよ、私は今の自分の好き放題な生活を変えたくないという前提でかつ「でも痩せたい(今の生活による現在の体重なのに)」という栓の抜けたプールを水で満たしたいみたいな「不可能」を模索していたのです。「きっと方法があるはずだ」と。
先生はそれに対して「栓したらいいだけですよね=その体重をもたらす生活を変えたらいいだけですよね」
と何とも無慈悲な正論が!でも正しい。
そう、ここは試しの院です。
「その目的地に辿り着く方法はお伝えします。が、あなたそれしますか?自分で決めてください」
と私達にボールをポンと投げる。選びなはれと。
やっぱりこれしかないですよね、となるのか。いや他にも道はあるんじゃないか。となるのか。
選ぶのは私達自身なのだ。
忘れるなかれ、先生は私達の味方ではない。カラダの味方である。
ここには「これさえしておけばOK!あれもこれも解決するよ!」なんて忖度された答えはありません。
地道に積み上げる「私達ができれば避けたい方法」ばかりです。でも結果が確かについてくる。
だから私達が試されるのです。
今までみたいに「夢を追い求める」のか「現実と向き合うのか」
もう一回言っちゃうよ!
選ぶのは私達自身なのだぁぁぁ!!!!
凄い新鮮でした。全く違うベクトルの「整体」ですよね。ここ。
先生がズババっと楽にしてくれるのが「整体」だと私は思ってきたのですが、ココの「整体」は全くベクトルが違う。だから皆勘違いをしてしまうのだと思うのです。
本当にここの先生は「痛みを今すぐ何とかしよう」という考えでカラダと向き合っていません。そこをまず受ける側が理解しないと噛み合いません。そして先生はHPや事前のメールでそのことについて凄く何度も確認をしています。
それでも「痛みが取れなかった」と不満を感じる人がいる訳です。→うちの父。
答えは簡単でした。
「殆ど読んでいない」
一方で隅々まで読み倒した私と妹、従妹とそのお母さんはとても楽しく通えました。
何で読まないのか?どうして先生の話に耳を傾けないのか。我が父の話を聞いて分析してみました。→この時点で先生の思考が憑依した気がしますw
父はカラダの事に興味が無い。不便だから痛みは何とかしたい。
理解した体で居ないと施術を受けられないと思ったから頷いていただけで。「受けたら勝ち→良くなる」と思っていた様でした。
・・・・・
そんなわけあるかいや!w
1つ目のボード20度すら立てていない我が父。だがしかしNHKで目にした医師監修の腰痛体操は毎日欠かさず続けている。→NHKの腰痛体操はもう半年続けており、先生のところには2回だけ通った状態。
そして不満の矛先が先生に向かっているwww 気付けおとっつぁん。そりゃあんまりだ。
先生がどうして会話を大切にするのか。どうして自身の捉え方を言葉で伝えてくれるのか。わかった気がしました。
我が親父殿はスタートラインにすら立てていない。予選突破できていない。
「何でもいいから何とかして」の心づもりで臨んでいる。だから何も耳に届かないし取り組みも適当だ。何より興味が無い。関心も無い。
あるのは「痛みがマシになっているかどうか」だけである。
だからか。だから良くならないのか。
私達が当事者としてカラダに耳を傾ける事ができるのか。そしてその気があるのか。
その気が無ければ先生の言葉は何一つ届かないし、価値が無い。先生自身も無理に寄せようとはしない。そりゃそうだ。だから個人院としてやっているのだから。
痛いの痛いの飛んでイケーが欲しければリラクゼーションかパキポキでいいと思う。
もっと奥深い場所にある「健康とは」「自然なカラダとは」と先々の人生を含めた「健康の在り方」「自分の在り方」を掘り下げたい場合はここがいい。
というより
「ここしかない」→私は確信する
紹介でこちらにお世話になりました。
ずっと腰痛や肩こり、不眠と付き合ってきたので一生お付き合いしていくものだとばかりいました。
ここでお世話になったのも「少しでも楽になるなら」と思ってきた感じです。
結論から言えば私の症状も随分と楽になりました。今までは受けたら楽に、その後はまた戻る。だからまた受ける。そんな繰り返しで保っていた状態でしたが、今は時々顔を出す、それも数日でふんわりと消えていく。そんな嬉しい循環に乗っています。
今までは何処に行ってもパターンが変化なかったのに、どうしてここで変化が出てきたのか。私なりには見当がついています。
〇自分で取り組むから
今までの先生はずっと施術を受ける事の繰り返しでした。いわゆる定期通院みたいな感じです。
それがここだと自分で取り組む割合が凄い大きいです。今までの先生にも宿題は出されていました。でもここ程目的がはっきりしたものではなく悪化を防ぎましょうという感じのものばかりです。
〇段階を踏むから
今までの先生は私が症状を訴える部位を中心に対応をしてくれました。ここの先生は症状の場所じゃなくてカラダ全体の構造から順番を割り出して対応してくれます。だから肩の症状なんてもう後回しでした。でも段々と肩の症状が軽くなったりするから不思議です。
順番って大事なんだと知りました。
〇生活からやんちゃを引いてくれる
これが大きい気がする、
生活の中にある「悪さ」をする要因を丁寧に間引いてくれます。でも実践するのはやっぱり私です。できる事から変えていく。その積み重ねが確かな変化につながっていたんじゃないかなと、今となっては思います。
あと、自分では改善策として取り組んでいた事が見事に「斜め上」に刺さっていた。そんなことも沢山ありました。それらも先生に質問をしたり、私がポロっと口にしたことがきっかけとなって間引いてもらえます。
とにかく1つ1つを丁寧に説明してくれるので、何がどう問題だったのか、何故間引いた方が良いのか。それがはっきりとわかります。
〇ズバッと本質をついてくる
これもとっても大きかった。とても優しくズバッと本質的な事を伝えてくれます。
私の場合は「私が変わる事」でした。
どうして良くならないのか。どうしたら良くなるのか。いつ良くなるのか。
通い始めの頃に先生に質問をしたのですが、それに対してスパッと答えてくれました。
「受けるだけ、だったからだと思います」
そういうものだと私は思っていましたが、だからいつまでも変わらなかったのかと、何かスッと入ったことを覚えています。あの一言です。
受けるだけじゃダメなのか。じゃあどうすればいいのだろう
少しだけ自分を変えればいいんです。生活を少しずつ変えたらいいんです。新しい形に。
痛くなるには理由がある。しんどくなるには理由がある
その理由は日常に溶け込んでいる。だからそれを浮かび上がらせ。日常から遠ざければいい。
それは「パキポキ」が担うものではないと。
取り組み方というかモノの見方が全く違う。そう思いました。
でも私の場合はそれで段々と症状は軽く軽~くなっていきました
自分が変われば早かったのかな。ここに来るまでは全く思いもしませんでした。
今まで沢山の先生にお世話になりました。
何とかしてほしい。ただその一心です。
お金に余裕がある訳ではありませんでしたが、体が動かない事には始まらない。
とにかく何とかしなければと本当に沢山の院に通いました。
それでも中々改善しない状況に焦りも募ります。
自分は相当に重症なんだ。もうずっとこの状態なのかもしれない。仕事はできるのかな。生活はどうなるのかな。
そんな不安がよぎっていました。怖かったです。見捨てられるのが怖い、独りぼっちになるのが怖いということもあって色んな院に通い続けていた気もします。
病院はレントゲンとMRIを撮影した後に手術が第一選択ですと言われたので足が遠のきました。
気持ち的にも予算的にもキツイな、そう感じ始めたときに紹介されました。
ただ、紹介してくれた友達にはこうもう言われました。
「できれば、ここは最後にしなさい」と言われました。
もう散々色々な院に通っていたのでこちらにお世話になることに。
電話よりラインがおすすめです。電話は本当に忙しい先生なので殆ど出れないです。ラインは比較的早い対応をしていただけます。
初回から驚きでした。今までの院と全然違う。「院!」という感じがあまりしません。かといってリラクゼーションという感じもしません。
独特です。
そして本当に話を全部聞いてくれます。さえぎられることは全くありません。凄い安心できました。
最初に言われることは「ほんの少しだけ変わる事」「正しく理解すること」「認める事」が大切だと。
先生の動画であった過大評価と過小評価のお話が響きます。このギャップが慢性化している原因だとのこと。
なので埋めればいい。悩むのは埋めた後にしましょうと。
最後にここにきていなかったら「それより早くなんとかして」と思っていたと思います。友達が最後にしなさいといった意味がよくわかる。
早く、とにかく急いで、そう思ってそう願って選んできた院では変わりませんでした。自分で選んでその結果を受けたので今は先生の言っている意味がよくわかる。
近道なんて無かったんだなと。無いものねだりをして自分で追い詰めていただけなのかもと。
でも本当に助かったのは通院が2週に1回でよかったこと。今までは週に2~3回、場合によっては毎日だったので本当に楽でした。
でも一番感動したのは「よくなったこと」です。
半年以上悩んでいたこの症状、それがゆっくりゆっくりと剥がれ落ちていく感覚。毎日1㎜ずつ変化していく感じ。小さな一歩が絶えず起こる。
ああ、私よくなってるのかも。
そう思いながら前に進めることが何より幸せでした。
閉塞感を打ち破ってくれたのは先生です。ありがとうございました。
紹介を受けてきました。
「凄い先生がいるよ」という紹介ではないです。そういう先生はもう何人も通ってきました。
病院はもとより、オリンピック選手が通っている院、国体選手が通っている院。プロ選手が通っている院、タカラジェンヌが通っている院。サーカス団の方が通っている院も通いました。
先生に「頑張りましょう」と毎回励まされて、回数券を買い、その先生が開発した枕やコルセット、靴下にサプリ、全部買いました。オンラインサロンにも入っていた時期もあります。
とにかく元気になりたかったからです。
でも、ダメでした。先生も一緒に悩んでくれて考えてくれて、色々な事に取り組んでくれました。
でも、ダメでした。俊先生に出会うまでに支払った費用は累計で80万くらいでしょうか。でもそれは自分で選んだ結果です。後悔はしていません。どの先生もとても親切で熱心にしてくれました。
いよいよ手術しか選択肢が無いのかな。と覚悟を決めた?というか諦めが入り始めたころに、こちらを紹介してもらいました。どうせ手術なら最後に行ってみるのもありじゃない?と。
「頑張ってください」
初めてでした。「頑張りましょう」「一緒に頑張りましょう」「任せてください」と先生にお任せすれば大丈夫と心強く感じさせてくれる先生ばかりだったのに、「頑張るのは貴方であって私ではない」とスパッと境界線を引かれる様な感覚w
え?と戸惑いました。え?私がしないとダメなの?先生がしてくれるのではないの?え?と。
今の私からすると「当たり前」な事なのですが、当時の私にとっては「見捨てられた」様な「突き放された」様な感覚と言いますか(笑
肩を寄せたらしっかり引き剥がされた様な感覚でした(笑
でも、ここからが俊カイロ。「頑張れ」と突き放す割には想像もつかない情報量がドバドバドバァ~っと流れ込んできます。本当にこちらの都合無視です。次から次へと流れ込んできます。
あと、先生は時間中、ずっと体と本当に会話しています。カラダからの声を私に伝えてくれるみたいな感じ。先生の目は間違いなく私ではなく「私の身体」に向いています。
そしてカラダを擬人化している事にもびっくり。こんな先生は人生で初です。今までに筋肉を「この子」なんて表現をする人は出会ったことがありません。どれだけ体が好きなのか?
今までの先生が私に見せてくれた情報量を初回で軽く凌駕していました。何ここ?何この先生?そんな感じです。
書きたいことがありすぎて止まらないので休憩を。
ここは本当に先生にお願いします!という院では無いです。自分のカラダの事を先生に掘り下げてもらい、必要な事を1つ1つ取り組んでいくという段階的な取り組みをする院です。パキポキしてどうですか?という院ではないです。
本当に「お願いします!」では何も変わらないです。
先生は「ハイどうぞ」とレシピは渡してくれますが調理は私自身に委ねます。
「作るかどうかはお任せします」とばかりに。
そうなんです、ここは「考える事」「自分で決める事」「行動する事」「責任を負う事」を全て私達に委ねると言いますか、請け負わないのです。これが他の先生とは全く違うところ。
私は色んな先生に、それも有名な先生にお世話になっていたのでよくわかります。
俊先生は「依存からの卒業」を教えてくれます。無自覚に「楽」に逃げていた自分からの卒業です。どうしてか?それが「求めている結果」への最短距離だから。
それに気付くまでが少し掛かりました。でも気付いたらあっという間でした。
良い先生に出会えなかったから、じゃない。
先生に任せておけばいい、任せていられる先生を求めていたからダメだったんです。
自源病だったんですよね。私も。自分で良くなりたいと言いながら良くなろうとしていなかった感じ。自分が信じていた道筋は根本的に間違っていた。
ああ、書きたいことがあり過ぎて困る
それくらい先生には感謝しかありません。
手術なんてしていません。必要無くなりました。私はずっと手足の痺れを抱えていて。片頭痛まで出てきて、顔面神経痛まで広がりました。帯状疱疹なんて人生初です。
ずっとどうすればいい、どの先生ならいいと探していました
自分が1つ1つ取り組んでいけばいいだけだったんです。早く早くと新幹線に乗ろうとしていた自分が一番の原因だった。
健康は各駅停車。先生のこの言葉本当に真理だと思います。
そして「痛みも痺れも健康の1部」だという事。これもまた響きました。
遠ざけるのではなく耳を傾ける。それだけでこんなに健康が身近になるなんて信じられない。世界観が引っくり返る。
もう怖くないです。カラダの声がやっと私にも聞こえる様になってきましたから。
ありがとうございました。
どう表現したらいいのだろう。なんて迷う。悩む。思いつかない。
ここを適切に表現する、紹介する為の言葉が中々出てこない。
私が今までに通った病院、整体、パーソナル、ヨガ、整骨院、鍼灸院、どれにも全くあてはまらない。
勿論、カイロにも全くあてはまらない。
何なのだここは。
私と同じ経験をした人がここには沢山いると思う。確かにわかっていた。何となくそうじゃないかと思っていた。でも見て見ぬふりをしていたというか「そこを避けたい」と願っていた道を歩かざるを得ない。
でも、確かに求めていたゴールがやってくる。そんな場所。
足元に忠実に、そして当たり前の事から始める。
確かに今まで通った場所は「そんな事はしなくて大丈夫」と言ってくれていた。ここは全く逆のロジックで来る。
「それをしないからですよ」
やっぱりそうですか。そうですよね。
そんな感じで展開していく。
幾つもあるうちの笑える、いや笑えないケースを紹介しましょう。
偏頭痛外来でも改善に導けなかった私の片頭痛。宿題の中で楽になっていったのもあります。でもそんなことが霞むくらいの衝撃がありました。
帽子
私は勿体ないという気持ちで「少し窮屈」なニット帽を頑張って被っていました。かぶれない事は無いのですがちょっと窮屈だなと。
でも結構な金額だったので勿体ないと被り続けていました。
それをブカブカの余裕ある帽子に変えたところ。
偏頭痛が明らかに減った。軽くなりました。たったそれだけで。
へ?
そんな感じです。
そしてここはそんな小さな、とてもつも無く大きな気付きときっかけを与えてくれます。
自分が悩んでいた問題は多くが自分で作り出していた。でも自分はまさかそうとは思っていなかった。
そう、他でもない自分自身が見落としていたのです。容疑者候補から外して。
それを先生は教えてくれるものの「そんな馬鹿な」と中々信じることができない私。
そう、良くなりたいと言いながら一番の邪魔をしていたのは私。私の固定観念だった。
ちょっと想像力を働かせていたら解決していたのに。こんな足元に原因があるとは。※いや原因の1つだろうけど。
カラダに起こる問題なんて殆どがこんな感じなのかと衝撃を受けた。自分次第で何とでもなる。
自分でマッチポンプをして不健康だーお金がかかるー時間がかかるーもうベテランだーなんて言っていた。
ああ、恥ずかしい。
全部自分やないかい。中心地点におるのは。
健康をかなり簡単に考えていた自分が恥ずかしい。
楽しいです。
元気になりたいと思ってここに来ました。
自分の健康観が崩れると言いますか、認める事ができるまでは時間が掛かりました。
本当に1つ1つの質問にキチンと答えてくれます。それも凄い細かく。
話の半分以上が難しすぎて頭がパンクするのですが、先生は「理解した上で説明をしてくれている」というのが良くわかります。難しすぎるのではなくて私が余りに知らなさすぎるという事。
足元が曖昧な健康情報をずっと頼りにしてきました。靴下にコルセット、スパッツ、サプリも色々買いました。納豆もバナナも沢山食べました。
結局はどっちつかずな状態が続いていた自分ですが、ここで1つ1つ整えてもらっています。カラダもそうですけど知識の方を整えてもらっている感じです。
正しい情報がどれだけ大切か。正しい情報を見極める力がどれだけ大切か。
一番基本的な事をここで教えてもらった気がします。
流れ込んでくる情報は今も昔も変わらない。でも私からしたら見え方が変わる。自分が変わるとこういう風に変わるのかぁと。
健康はお願いして何とかしてもらうものではないんだなと。
健康になる為には自分を変えないとダメなんですね。確かにダイエットと同じです。納得
想像はしていたけれど、想像を超えて深かった。
痛くないことが健康。
痛くなくなるのが神の手
動く様になるのがゴッドハンド
ずっとそう思っていました。
私もそうです。結局は戻り、その度に解決してもらうことの繰り返し。
健康ってこういうことなのか?私は神の手で健康に戻してもらっているのか。
健康を私がまた壊しているのか。日常生活だもんな。
いや、まてもっと大胆な仮説は立てられないだろうか、
そう、そもそも健康に戻してもらっていなかった。なんて。
痛みは取ってもらっていたけれど、健康にしてもらっていたわけではない。あくまで「痛くない」状態にしてもらっていただけ。
そう考えると辻褄が合う。症状がリターンするのも納得だ。痛みを遠ざけていただけなのだから。
そういうちょっとしたへそまがり?な意識を持ち出した以上、ここに漂着するのは時間の問題だった気がする。
複数人の神の手の施術を数年間受け続けていた私のカラダはランクDとC-だった。
神の手が太鼓判を押してくれた身体がこのランクだった。頭からイナズマが走りますが逆に安心もできた。「やっぱりそうだったんだ」と自分で納得できた。
カラダがこの状態なら戻るよね。そうだよね。ああ納得。今から本番だ!と気持ちを切り替える。
本当にいろんなことを考えさせられる。
痛みのないランクDを健康と呼ぶのか。はたまた痛みがあるランクAを健康というのか。
それはもう哲学的なお話だ。先生の受け売りで「痛みをどう定義するか」によると思う。
痛みを遠ざけるべき存在にすると痛くなければ健康になる。一方で痛みもまた理由があると受け入れると痛みの有無、違和感の有無それ自体が健康の一部となる。
そうなのです。そうなのだ。ここの先生が認識する健康という言葉は私達の健康という感覚とは明らかに違う。もっと広義で捉えられた概念だ。
痛みを遠ざけず、耳を傾ける。痛みを抑え込まずに出てきた理由を求め、対処する。結果的に痛みは治まっていくというこの流れ。とてもスマートに感じる。
痛みや違和感、不便を通して健康を改めて学ぶ場所、それがこの院最大の特徴だと思う。
痛みを急ぎ取りたいという人は別に向かうべきだ。こことは空気が合わない。
正しいことを知りたい、教えてもらいたいという人は一目散にここを目指そう。間違いなくここでしか得られない情報が多過ぎる。
検査を受けてみるといい。ここまで細かく検査をする先生が他にいるだろうか。私はそれなりの人生の間に1人も遭遇していない。
1日4人?か5人しか見られないのも頷ける。それ以上は先生の気力が持たないと思う。それくらいこちらのカラダを見通すことにエネルギーを注ぎ込んでくる。
断言しよう
この内容でこの金額は余りに安い。安すぎる。
高いという人は「ミスマッチ」だ。マッチしたなら「安い」と感じるだろう。
それくらいに確実に間違いなく「人を選ぶ」院である。