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トシカイロ

俊カイロ

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遂に門をくぐりました

5.00
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まず、自身の自己紹介として。

健康管理検定1級だけ持っている副業人間です。健康関連は週末開業として立ち上げています。週末だけなので可もなく不可もなくという感じ。

で、何故私がこちらにお世話になる事になったのか。先生にも私の周りの健康管理士や1級仲間にも許可を取っているので書きますと。

私達界隈で話題の先生だからです。技術者として話題なのではなくカラダの把握の仕方が我々の目指す道筋のほぼ頂点?到達点?にいると良く名があがります。※これは実際に通っている管理士仲間からの情報です。

そこから1人お世話になり、また1人がお世話になりと吸い込まれるかの様に増えていく「俊詣で」の中で、呼び名が変わりました。「グランドマスター」とw※ちなみにその時点では私はまだ通っておらず。

ジェダイマスターを超えてグランドマスターって何だよwと笑いながら皆の話を聞いていたのですが、口をそろえて言うのが「次元の狭間に住まう先生だった」とか「もう既にフォースと一体化してた」とか、世代にしかわからない持ち上げ方が飛び交う飛び交うw

しかも、通っている人がいつも「君たち、これできるかね?」と何か不思議な運動をけしかけてくる。そしてそれが中々できない。何だこのマウントは?という展開が増えてきた。足首をストレッチする台を持ち込んできた人間がいたのには驚いたw「俺は立てるぞ」とw

何か皆楽しそうだなぁと。それが門を叩いたきっかけです。何がそんなに楽しいの?と。

実際に通ってわかった事は、ここは「情報に価値がある」という事。提供される技術には価値が設定されていない(先生自身が全く価値を見出していない)事が特徴で、それよりも技術によって導き出される「情報」に価値が設定されている。

私達のカラダの情報、それを言語化するのが価値。そしてそれに対して何をすべきかを見極める事、その整理整頓が価値。一般的な「受けて楽になる」が価値になっている整体や整骨院とは全く方向性が違う。

私も全身を検査され、気持ちよい程に真っ赤になったカラダの通信簿?の様なものをもらった。それはもう壮観な赤色だった。

これを緑にしていく作業か。なるほど、自分でステージをクリアーしていくのか。ゲーム感覚だ。自分のカラダを自分自身の手でクリアーしていく。その結果はこの色塗りで明確に示される。しかも宿題のステップアップまで情報化されている。

確かにこれはハマると面白い。誰かと競い合うならもっと楽しいはずだ。それで通っている連中が競い出したのかw

色々と納得。自分は競う事よりも「知りたい」が強いので自分のカラダを通して色んな人のカラダを学んでいきたいと思う。資格勉強や試験で学んだ事はここでは全く通じない。我々は8bit、先生は128bit。比べようのない差を感じる。先生の言葉と先生の実際の施術から。どんな世界が先生には見えているのか。単に足を触っている、揺らしている様に見えるけれど、先生はドンドンカラダから情報を引き出していく。カラダと会話するってこんなレベルなのか?ピラティスの先生からマインドフルネスは聞いたし、何なら皆で練習までしてたけど、何か先生は違う。

何が違うのか?それは「集中してない」という事だ。ピラティスでは深呼吸をして目をつぶって、瞑想する様にして声を必死に拾った。探した。

先生はそんな集中も瞑想も全くない。触れた瞬間に接続されている感じ。しかも何か滅茶苦茶カラダと仲が良い。「そうか、そういう事か」とか「頑張ってるなぁ」とか「なるほどね」とか

最初、こちらに話し掛けてるのか、独り言なのかと思っていたら、違う。この先生は「カラダと話をしている」のである。

いやこれマジでグランドマスターだわ。

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やっと気付いた!!

5.00
投稿日

いやー来ました!やっときました。「あ」が来ました。

これは確かに面白かった。確かにひっくり返る。コロンと変わる。本当に変わる。「あ」と変わる。この経験が面白かった。

先生が自転車の様なものというのもよくわかりました。確かに乗れた瞬間にパっと変わって、しかも「戻れない」というおまけ付き。自転車に乗れたら乗れなかった時代に戻れない。一輪車もそうだった。

この場合は「歩く」「立つ」がそう。昔はいていた靴、そして健康の為にとウォーキングの時に持っていた0.5kgと1kgのウォーキングアレイ?鉄アレイのかわいいの、あれをもって歩いた時の感覚がまるで違う。あれは本当にびっくりした。大枚はたいて買ったシューズもそうなった。

まず鉄アレイ、今までの自分なら「お!手ごたえがある!使ってる感じが腕にもきてる!」と感じて納得、満足のどちらもしていました。でも今は全く正反対の感覚。

「うお!上半身が固まる!腕が固まる!力が邪魔される!」となる。やっていることは同じなのに感じる内容が本当に同じ人なのかと言いたくなるくらいに変わった。

靴もそう。昔は「うお!体が前に運ばれる!すごいエネルギーを感じる!高いのはやっぱり違うぜ!」と感じていたのに、2軸歩行と草履で慣れてから靴を履いてみると

「うぉ!足が乗る前に何か跳ねる!体重がしっかり乗らない!体が前に押し出されてしまう!何か足元ふわふわする!」という感覚に。

こんなに変わるものなのか。だから先生は年中草履をはいているのか。真似はできないが、理屈はわかる。確かに先生レベルになったらもう靴には戻れないんだろうな。自分だって少し履いてこんな感じだし。

カラダをきちんと使いこなすこと、使い切るということを学ぶと、どんどん「助けてくれる道具」がいらなくなる。「できる事をさせてもらえない」という状況が窮屈になっていく。そう感じ取れる様になったらちゃんと使いこなせているという事なのかな。

何かもう気付いたら最後、あれもこれも気になって仕方がない。カラダを楽にしてくれる道具は体を甘やかすという事なんだな。先生の言う「カラダから仕事を奪っていく」の意味もよく分かった。

楽ばかり覚えさせたら結局は健康が削れていくということなんだな。先生がよく言葉にする格言?がここで沢山意味を持ち始める感じです。

カラダは循環で成り立つ、力は最初からそこにある、新たに生み出すのはほんのきっかけ程度でいい。カラダの声を聴こう。

わかる様になると、いやまだわかっていないことも多いとは思うけど、それでもわかりだすと本当に興味深い。自分はそこにある世界を全く自覚できずに今まで来ていたんだと思う。それがやっと自覚できた。

無知の知とはまさにこれだ!そこにたどり着けたという事は、この先に進む準備がきっとできたということだ。まだまだ先があるなら最後まで行ってみたい。

歩くと立つの凄さ、すばらしさ、ようやくわかってきた感じがするのである。

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詰将棋みたいな取り組み

5.00
投稿日

「詰将棋」

ここを表現するならそれが一番だと思います。取り組みがもう完全に「詰将棋」そのもの。

初回:とんでもない量の検査が重なってくる。プリンターの上に寝転がっている感じ。本当に足先から頭のてっぺんまで細かく検査される。で、最後にカルテを見せてもらえる。え?これを今検査してきたの?というくらいに「多い」とにかく「多い」自分の人生で色んな病院や整骨院は巡ってきたけど、ここまで調べる人は見た事が無い。

これでカラダの情報がデータ化される。

2回目:流れは初回と余り変わらない。変わった点と言えば「座った状態」での検査が省かれて「仰向けから」となる。先生に聞いてみた。今日は「座った状態はしないのですか?」と。先生の答えは明確。

「下半身が崩れているから、腰から上は調べても施術をしても、更には変化を起こしても余り意味がないのです」とのこと。

確かに先生は「下から整える。人のカラダは地球上ではそうできている」と仰る。先生の中には確固たる道筋が見えている様である。

そして2回目は初回では「×」だった項目が割と「▲」や「○」になっている事に気付く。あれ?何でやろ。先生にまた聞く。「宿題をしてくれたから」とのこと。確かに宿題はしていたが、今の検査とは全く関係が無い様に感じる。先生に聞く。ここでは聞いてばっかりである。でも先生は全部答えてくれる。ならば聞かざるを得ない。

宿題はターゲットははっきりしているが、その効果は全身へと波及する。とのこと。ああ、なんて素敵なことだろう。何か頑張ろうという気になった。

3回目:2回目と同じ。宿題をする。ここに来る。できる事が増えている。先生の指導が微妙に変わっていく。リアルタイムで変化している様です。流れは同じでも差し込まれる指導が微妙に違う。検査も1回目、2回目と微妙に違っているものもある。凄いな、同じに見えて同じじゃないのか。

最初は運動療法が中心かと思っていたが、私が見知っている運動療法とは何かが違う。あれはもっとシンプルだった。これは何か。それはわからない。

でも、自分が分からない事を教えてもらい、できなかったことができる様になる。その結果、確かに前とはカラダが違う。これがここの醍醐味か。

カラダの使い方を学ぶ、それも実践的な形式で学ぶ。その結果を自分で感じ取る。それが全部自分の財産になる。

先生はいつも言う。「健康も医学ももっと身近にあっていいと思う」かっこええな。

先生は僕らの健康レベルをググっと引き上げようとしてくれる。「私に任せておきなさい」というスタンスとは真逆。学習塾の様なことをしている。

それが俊カイロである。

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理詰めの健康サロン

5.00
投稿日

健康に興味がありますか?カラダのことに興味がありますか?あなたは「知りたい」と思っていますか?思っているなら今すぐここに来ればいい。間違いなくあなたが求めているものがある。断言する。私が勝手に宣言もする。その答え、それは「ここ」だ!

どうしてこんなハイテンションな文章を書いているかというと、5分前に自分にとっての「あ」という瞬間を迎えたからです。迎えた勢いでそのままこの紹介文を書いています。なんでそんな勢いで書いているのかというと「勢いが凄い」からとしか言いようがない。気付いた瞬間、自覚した瞬間に熱量が爆上がりしている。昔から「気付き」という言葉は耳にしていたが自分とは無縁だと思って生きていた。それを初めて体験したと思うが、その熱量って凄いねこれ。気付いた時って推理小説の犯人が自分の推理でわかっちゃった時みたいな感覚になる。「謎が解けた!!」というあの瞬間に近い。もう青天井で情熱が燃え上がる感じ。自分がステージアップできたからかとも思う。

肝心の中身がないな、書こう。伝えよう。ここに通ってついさっき気付いたこと。それは「健康に関する自問自答システム」が自分の内側に仕込まれていたという事なのだ。刻まれたといってもいいのかね、これ。何でもない些細な事、今までなら間違いなく気にも留めていなかった事が頭の中でストックされ、結びつき、答えに導かれていく。何かがあれば頭に推論が張り巡らされていく。何でもかんでも身体のことについて「考えてしまう」であり「結びつけてしまう」であり「探してしまう」という癖が染みついていた。それに気づいた。ついさっき。

本当に「あ」

今まで、とっくに染みついていた、習慣づいていたことだろうに、気付いたのはさっき。つまり音速の様なもの。あとから音がやってきた。あとから認識が追いついた。その感動たるやもう。ええすごい。

健康の自立ってこういうことなんだよ、きっと。自分の健康を自分で守るって身体を動かすだけじゃなくて、自分で把握して考えて、試して確認を取る。それら一切合切合わせての自己管理、セルフメディケーションなんだと思う。そして知らない間にそれを身体の中に埋め込まれていた。宿題や施術、先生との会話を通して刻み込まれていた。そういうことなんだよね。

気付いたら自分が10くらいレベルアップしていた事に気づいて妙にうれしくなってしまった。いやもう10どころじゃなくね?みたいな感じ。人って現金なもので、気付いた瞬間に何かあれやこれや見える風景や感じるものまで何か変わった気もする。ホンマかいな。

健康を自分で学びたい、身体をきちんと知りたい、学びたい。あなたがそれを望んでいるなら絶対にここをお勧めする。ここはもう別世界だと断言しよう。一般論で語れる場所ではないのである。

ハマるか合わないか。それはもう実際にあなたが触れてみるしかないのである。

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「あ」はマジで感動の瞬間やった

5.00
投稿日

ここでもちょこちょこ出てくる「あ」の瞬間がようやく!やっとやで!

迎えたからには私も好き放題次のあなたに言う権利を得たな!と喜び勇んで書く事にしました。いや本当に長かった。1年くらい掛かったんちゃうかな。

→今通っている人、これから通おうとしている人

先生は本当に最初から最後までずっと「大事な事」「本質的な事」だけを教えてくれています。そこは本当に一貫している。それに納得がいかない人も多いと思う。だって「理解できない」もんね。難しいというより「頭の中で結びつかない」という方が正解じゃないですか?皆さん。

私もそうよ、そうだったのよ。何を言われても「へ?」という感じで良くわからない。ホンマにそうなんかいなと。どうしてもイメージが沸かない事も多かった。

それはね、先生が悪いんじゃなくて私達が「わかっていない」だけだと今ならわかる。先生は私達でもわかる様に「丁寧に」説明はしてくれるけれども「砕いて」はくれない。1から10まで丁寧に教えてくれるだけ。

わかるかな?

私達が与えられているのは「正解」だけど、私達自身が全然足りていないから「わからない」という構図。

だから、その「わからない」を自分なりの形で埋めていかないといけない。先生に質問をするもよし、あれこれ試してみるもよし。でも、それは本来「宿題」が担ってくれているのも今ならわかる。だから宿題を「先生レベル」まで引き上げる事に集中をすればいいだけ。それで答えが近付いてくる。

最初から全部用意されているのに、私達が「今の私達に理解できない」という理由で「食わず嫌い」や「つまみ食い」をしているだけなのである。そして答えは遠ざかる。そりゃ当然やんか。

「あ」の瞬間を迎えると本当に「雪解け」という感じ。沢山の「ああ、そういう事か」が次から次へと繋がっていく。そして最後に「全部、先生が言ってたことやん」となる。回り道をしていたのは「私の拘り」に過ぎなかったんやなと気付く。

あ、そうそう「あ」についてやね。

私の瞬間は「歩く」でした。先生のいう「力に委ねる」「力はもうある」「流れに身を任せる」「カラダが教えてくれる」という禅モード。

歩いても歩いても、さっぱりわからん。どういう事やと思いながらのウォーキング。何故か、どうしてか?は未だにわかりません。ですが「あ」となった瞬間はありました。自分の力じゃなくて「力が先に、引っ張られる様に身体が追い掛ける」という感覚。

最初は「え?(今の何?)」で次には「あ(そういうことか!)」となった。

その瞬間から、歩くのがエンタメとなった。歩く事がこんなに楽しいとは!1歩1歩が教えてくれる、その意味がやっとわかった。本当だ、1歩1歩が全然違う。毎回違う情報を伝えてくれている。え?今までもずっとこうやったってことなの?

自分が拾えていないだけ、ってこういうことか。カラダが繋がるってこういうことか。地球とやり取りをしているってこういうことよ。

凄い凄いの連発である。

先生、最初から教えてくれよと思いつつ、思い返すと「全部教えてくれてたやんか」となる。やっぱり自分が遠ざけていただけ。わからなかったから。

そう、その時、その時点で「私がわかる形で」の答えを求めていただけ。自分で求めようとしていなかった。それが気付かなかった最大の要因。

それに気付けたのは気付いた後。

何という茶番劇かwというのが私の「あ」の瞬間でした。今はもう歩くのが楽しい。歩く程に歩くが進化していく。成長していくのがわかる。これは確かに感覚が別ステージになったわ。


〇今、悩んでいる人へ

ここに「何とかしてください」と来るのは絶対にやめた方がいい。その気持ちの時点で多分難しいと思う。ここは答えを丁寧に伝えてくれる。でも省略は一切ないから膨大な情報量になる。頭がパンクしない人はいないと思うくらい。

自分に足りないものを学びに来る、埋めに来る。そんな「覚悟」が無いと絶対に耐えられない場所だと思う。学ぶ場所、学び舎なのだ。

「知りたかった」という人は絶対にここがいい。来たらわかる。先生と話をしたらわかる。質問をしたらわかる。

私達の世界がどれだけ狭くて小さなモノだったかを思い知らされるよ!頑張れ!

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良薬は口に苦し

5.00
投稿日

良薬は口に苦し、耳に痛し

今までの人生で軽く擦ったことのあるこの言葉がここで直撃!!これでもかというくらいに情報を「見える化」されてしまうので言い訳が何もできなくなる。下手に言い訳をしようものなら言っている自分が一番わかっているから何か目をそらしたくなるw

噂には聞いていましたが、ここまで詳細に情報が出てくるものなんですね。本当にイメージにあるカイロプラクティックを想像したらダメです。全くの新ジャンル。パーソナルだけど、ジムみたいなものは一切ない。そこは代わりにカイロや整体みたいなテクニックが入ってくる。でも出てくる言葉はパーソナル寄りの内容。

サポートは徹底的に、でもヘルプはしない。これなんて完全にパーソナルの関わりですよね。自分が本当に試される。自分の覚悟が試される?気持ちが試される?

私は彷徨ってたどり着いた側、つまりは「知りたい側」の人間なのでここは本当に天国です。知りたいことを聞けば何でも答えてくれる。それも忖度一切無しでw 

「正しいことを知りたい」と最初の問診でチェックを入れたから?本当に聞いたことに対してバッサリと先生の結論と解釈を伝えてくれます。私にはそれがいいです。ダメならダメ、その理由まで説明してもらえたら修正をすればいいだけ。でも、慰めてほしい人、ほめてもらいたい人には向いていないかも。

本当に最強のサポーターですよ。でも必ず「やってください」と任されます。これをチーム体制と捉えるのか、心もとないと受け止めるのか。それを決めるのは、先生風に言うなら「あなただ!」ということ。

人間のカラダは完成されている。ほとんど。

先生のこの言葉が大好き。そして何が足りないかも先生はきちんと論理的に教えてくれる。決して感覚だけじゃなく論理的にまとめた情報をくれるのも本当に助かります。

あと、ラインの質問が無制限なのも嬉しい。※無制限じゃないプランもあるみたいなのでそこは要チェック。

健康な体でありたいと思うとき、絶対に私はここをお勧めします。先生は痛みと向き合う事よりも健康、というか身体そのものと向き合うことを選択した稀なケースだと思う。

最後に、身体が繋がってくると本当に面白いよ!体とつながる全部が繋がってくる。車もバイクも、スプーンまで!こんな感覚はここにきてなければ絶対にたどり着けていなかったと思う!

先生の言う「力は最初からそこにある」が今はテーマです

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シンプルな内容、そして「言うは易く行うは難し」の最終形態か?

5.00
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同業です。

こちらの施術はとても興味がありました。お師匠さんの施術を受けた事があるからです。何なら指導もしてもらったこともあります。

当時から弟子を取らない、あるいは弟子が逃げ出す?と噂されていたお師匠さんのお弟子さん。弟子入りをされた当初から存在だけは耳にしていました。

あの先生が弟子を取ったのかと。

いつか受けてみたいと思っていたものの、中々タイミングが合わず随分と経ってしまいました。

カラダには特に不定愁訴は無いのですが、その旨もきちんと伝えての訪問。

いや凄かった。これ一般の人に伝わるのだろうか。気持ち良いくらいに振り切っています。ココロよりカラダに振り切っている。そうか、お師匠さんとの枝分かれができたんだな。と感じる。

対象は同じカラダとして、お師匠さんは技術介入度が高い。即効性を重視していた。こちらはその逆。技術介入度を最小限に、ただ、リンパ管を開いていく様に「扉を開く」ことに徹している。状況を整える事に振り切っている。

そうか、だから宿題が2週間なのね。納得。

あと、カラダから引き出す情報量、これはもうお師匠をはるかに超えている。この方向性ならそうなるか。そして一番目からうろこだったのが、検査も施術も全てが溶け込んでいること。境界線が無い。

何より、施術と検査が溶け込んでいる、と感動していたら「今のも検査です」「これもです」と私には気付けなかった隠し検査が沢山仕込まれている。この2時間、先生の頭の中ではどんな情報が巡っているのだろうか。私だとおそらく時間もたない。

特に違和感を感じない私、でもカルテ上には「自然ではないモノ」がどんどん並んでいく。

ああ、そうか。そういうことか。

先生は患者側の自己申告をそこまであてにしていない。むしろ脇に置いている。先生が信じるのはカラダからの直接の声。

その理由はカルテが示している。私自身が認識していない「普通ではない部分」がそこにはある。言われてみると確かにそうだ。私はそれを「異常なし」と受け止めていた。


痛くないから


その基準で答える患者さんの「申告異常」に囚われると見えなくなるものがあるのか。

とても大切なことに気付かされた。

先生は痛みを追っていない。あくまで健康な体、自然な体を追いかけているのか。

確かにこれはオンリーワンだ。

理解は理屈ですんなりと行く。だがそれを実践するのがどれだけ困難か。

言うは易く,行うは難し。である

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「行く」そして「やる」で足りる

5.00
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紹介できました。

私自身も沢山の院経験者です。流浪の民です。でもここで終わりました。

次の人へ何を伝えるかって?何をアドバイスできるかって?

何もないよ。

いや、あるか。

「行く」

「やる」

それだけ。

ちゃんと行く

そして

ちゃんとやる。

それだけ。

それで何も変わらないっていうのなら、方向性の相性が悪かったのか、先生との相性が悪かったのか、


あなたがちゃんとやっていないだけ。



それだけだと思う。


言い訳ができないくらい「原因」と「理由」を明らかにしてくれる。

そして「何をしたらいいか」と「どうしたらいいか」も教えてくれる。


あとはやるだけ。きちんとやるだけ。


もう一度言うよ?


カラダを良くしたかったら「やればいい」それもちゃんと。


それだけでいいのに、それだけすらやらない人が変わらないんだよ、きっと。

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技術者というより研究者寄り

5.00
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紹介できました。もう3年目です。今は季節ごとの通院となっています。いつか書こう書こうと思っていたここですが、気付けばもう3年というw 何かあっという間でした。

私のカルテは「A+A+」であとは癖抜きだけといわれています。なので通院して取っていくのか、自分で頑張ってみるのかは自由選択です。なので私は自分でやってみますという感じ。

最初にお世話になった理由は「ぎっくり腰」多発の慢性腰痛。こればっかりは本当に何とかしたいと思っていたので「よし、腹くくろう」とこちらにきました。

その痛みはもう全くないです。腰の安定感がここに来る前と段違い。先生のおっしゃる通り「痛む前段階で気付ける」というのは本当。小さな「おや?」がすごいはっきりと感じ取れる様になります。だから「痛い」とか「動けない」「ピキッ」までたどりつかない。その手前で終わっちゃう。


こんな変化をくれたのはここが初めてです。今まで通った場所は「すごい!楽!」という変化を提供してくれましたが、安定して戻ってきていました。ぎっくり腰ループにはまる人多いと思います。

それが全く無い!それにまず感動。

凄い技術でどうこうって感じではないのですが、いや凄いのか?自分では判断ができないのでわかりません。ただきめ細やかです。全部お見通しって感じ。

言われたことをキチンとしていたら本当によくなった。サボったらあんまり変化しない。「やったのによくならない」といえば「確認しましょう」と実際にちゃんとできているのかを確認してもらえます。そして「あ、それ違いますよ、こうです。」と修正がスパッと入る。

やればいいわけじゃないのねw と反省する。このプロセスが一番いいみたい。自分で学習して伸ばしていく。ぎっくり腰は「ヒヤリ」もなくなっていた。

腰をよくしてもらったという感じがない。そうじゃなくて「カラダを整えてくれた」という感じ。導いてもらった感じか。丁寧に教えてくれて応援してくれる。喫茶店のマスター?私は常連?そんな関係性です。

何かが起こるとき、必ず何かがある。それに気付けるかどうかが大切。それも教わりました。自分事にすることを学ぶ。

先生は技術者というより、研究者です。カラダをとことん研究して今もまだ新しい地図へとアップグレード中。

他の方から得た情報を惜しげもなく全員に再配布してくれる。通う皆がメリットを享受できる場所。それが俊カイロです。

私達は何も知らない。だから不安になるし怖くもなる。

先生はもう何百人とみてきている。自分でも経験している。だからよくわかっている。それゆえの余裕と安定感。ホッとします。

何とかしてくれる。というよりも「ちゃんと言葉にして教えてくれる」という頼もしさ。

こういう形の安心感もあるんだよね。

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同業から見ても、違う世界の住人(先生)です

5.00
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同業プランでお世話になっています。自分はPT(理学療法士)です。こちらの先生はかなり昔にセミナーの講師としてお目に掛かった事はあったのですが、受けた事はありませんでした。その理由は実際に受けた人の評価が完全に真っ二つだったから。自分で判断できなかったんですね。何か怖くて。

もう今は京都の勉強会以外は講師をしていないという事で、そちらに通うか、施術を受けるかで悩んで悩んだ結果、、、、、自宅からも近いので受ける方にしました。

手短に言いますと、真っ二つに分かれる理由がわかりました。

私もまだ偉そうなことを言える立場では無いです。病院勤務なので自費で何かをしている訳ではありません。なのであくまで私自身の感想というか直感になります。先生も「感じたままを書いてくれた方が次の人の助けになると思う。」と仰ってくれました。

なので書きます。

先生の評価を低く設定した僕の仲間たち、先生の話している内容を「理解していない」のだと思います。もっと言うなら「耳を閉じた」のだと思います。

先生の話す内容は教科書に書いている情報を組み合わせて、自身の臨床と絡ませてアウトプットされたものばかりです。先生が「教科書の向こう側」と仰っていた事の意味が私はここでわかりました。

僕らは教科書がゴールになっています。論文も完成品として扱っています。それは実感する。一方の先生は「参考書」扱いにしています。しかも先生は医学書を基本にしている。

もう情報量の母数が違い過ぎる。僕らは駆逐艦。よくて巡洋艦くらいだろう。一方の先生は原子力空母だ。というか艦隊レベル。

これは耳を塞がないと正直辛い。いやでも自分を丸裸にされる。

先生の意見と自分の意見が食い違った時、自分は教科書や論文くらいしか引き合いに出せない事にここで気付いた。

先生は教科書A、B、C、最近の研究D、E、Fを総合して考えて実際に試してみると~

もう次元が違うんです。その疑問に対する検証の数が。自分達はろくすっぽ検証も考察もしていない。「そうなんだ」と終わらせていた事に気付かされるんです。ここ。

先生は「そうなのか?」とひたすら仮説と検証、更なる仮説と検証の無限ループを生きている。

何なのだこの先生は。質問をして疑問を呈したのは自分のはずなのに、気付けば先生の仮説と検証の触媒にされていないか?自分の疑問を使って先生は今、正に新しい気付きと検証を始めていないか?

というか、何でそんなに楽しそうなんだ?

先生の評価が低くなっていた人は、この熱量を前に折れた人だと思う。私自身もこんな熱量の授業?は学生時代でも経験が無いです。

こちらが完全武装で向き合わないと飲み込まれる。思考が早すぎてついていけない。理解がおいつかない。

何故この先生が国家資格を持たないのだ?もっていない?

何で自分は国家資格を持っている?この資格で何を成した?

行くたびに、自問自答ばかりする場所です。でも、ここで変わらないと自分はいつまでも変わらない気がするので通います。

自分は何をやっているんだろう。その問いが常に胸の中に埋め込まれるのがキツイけど!!!

Ps-応援してくれる奥さんのお陰です!ありがとう!頑張る!

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1度感じたら、もう戻れないです。もっと知りたい

5.00
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ヨガとピラティスからカイロに乗り換えました。ヨガもピラティスも物凄く楽しかったです。教室の空気もよかったし、先生も凄い素敵な人で充実していました。じゃあなんでこちらに変えたのか?

それは年齢も50を過ぎて、きちんとカラダと向き合いたいと思ったからです。ヨガもピラティスもそれができていなかったとは思いません。沢山のことを先生から教わりました。本当に感謝しています。

じゃあどうして?となりますよね。

私の場合は「正しく、きちんと」知りたくなったからです。母のカラダが少しずつ悪くなり、日常生活にも支障が出始めたとき、あれだけ活動的だった母がどうして?と思いました。体操にもいき、ウォーキングイベントにも積極的に参加し、先生にはいつも「元気ですね!」と褒められて喜んでいた母がです。ふと、本当にふと思ったのです。母はよく「元気でいたいから行ってくる」といった言い方はしていなかったと。その代わりに「皆に褒めてもらいから頑張って行く」と言ってたことを。

自分にそのまま当てはまっている気がしたのです。いつもヨガの先生もピラティスの先生も凄い褒めてくれる。それがとても嬉しく、それが安心だから両方につい通っていた自分を自覚したからです。

「褒められている」ということが「キチンとできている」と繋がっているのだろうか?本当に健康な体を維持できているのか?

それが母の姿を見て突然不安になりました。自分も全く同じ道筋を進んでいる気がして。それがきっかけです。なので、こちらの先生のこと自体は前から知っていました。ただ、自分はもう通っている場所があるからと来ていなかっただけで。あ、あとやっぱり男性1人の院というのも引っかかっていました。自意識過剰かもしれません(汗

ですので、メールでの問診の時に「ハッキリと伝えてほしい」と前もってお願いをしました。「褒められて安心をしていた自分」もしっかりと伝えた上で。初回の時には「本当に良いのですか?」と確認を取られました。カラダの状態とイメージは大きなギャップがあることが多いので口頭では控えめに、代わりにカルテデータでキチンと送っているから把握はできますよと。

構いません。正しく把握したいので。と伝えて施術がスタート。最初のストレッチボードから躓きました。関節も、筋肉も褒めていただけましたが、肝心の使い方の方はやはり不自然なものですと。

この先生の凄いところは、何が?どこが?どの様に?という質問にとことん付き合ってくれるところ。それも本当に細かい、具体的な説明で返してくれます。きっと他の方も感じたのだろうなと思います。この先生は真正面から向き合ってくれている。公正な立場で向き合ってくれている。言葉を選びながら話してくれる様子に誠実さを感じました。

結局、私が思っていた通り。嫌な予感の通り、カラダはとても不自然な状態に仕上がっていました。先生の表現がとてもユニークで面白いです。

筋肉は柔軟、関節はとても滑らか。ここまではお見事です。「ただし」その優れた環境を強すぎる「意識」で完全に制御をしている。それでは筋肉も関節も、ノビノビと動くことができません。今のお身体は意識に振り回されている状態です。

カルテもピラミッドはとても奇麗、うれしかったですが、周囲の「使い方」の方は×と▲がとても沢山。やっぱりそうか。そうなんだ。

自分の嫌な予感が当たった事はチクリとしましたが、自分の感覚が間違っていなかったのは少し自信にも繋がりました。

先生は何が問題なのか、何が必要なのかをきちんと伝えてくれます。私はそれを理解しながら実践するだけ。2週間単位での通院で、その2週間が勝負だと先生は仰る。「受けること」より「その間」が大切という考え方。日常が大切ということ。

自分の中にスッと入ることばかりでした。

そして、途中で私も感じました。「あ」の時です。先生のいう「意識が力を制御する」という意味もわかりました。「力に従う、力を見守る」という意味もわかりました。

先生の伝えたいことは「溶け込む」ということ。巧みに操るではなく、全体の一部として溶け込むこと。


それが結果的に「巧みに操る」ことに繋がっているという気付き。母もこの先生と出会えていたら。と少し悔いだけ残ります。

母は確かに沢山歩いていました。でも、娘の私からも一目でわかるくらい「O脚」でした。そのまま歩いていたから、膝も股関節も、腰さえも。少しずつ削っていたんだなと、今ならわかります。

もっと早く一歩を踏み出していたら。今更なんですけどね。

でも、母も「できる限りを伸ばす」と張り切っていますのでそれもまたよし!

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「あ」というか「え」というか。驚くというか呆気にとられるというか

5.00
投稿日

もう通って半年くらいになるかと思いますが、未だに学ぶことが多いです。気付く事が多いと言った方が良いのかな。もう学ぶも気付くも一緒かw とにかく「へぇ~」と自分で勝手に得心してしまう経験がここは多いです。それも院外で。院内では理屈で納得いく事が多い。そうなのかぁと。そして宿題を通して、その練習の最中で感覚的にあれ?と気付く事が多い。その時にかなり怪しい挙動をしている気がする。気付いた瞬間に楽しくて周りが見えなくなってしまうからだ。

最近は屈伸の凄さを実感したw屈伸。あの曲げて伸ばしての屈伸だ。宿題の中に屈伸が入っているのですが、結構苦手意識がある人が多いと思う、真面目にすると楽しい反面結構キツイ。夏なんて汗だくになる。屈伸なのに。でも力が流れる感覚が掴めると楽しくてやってしまう。力が何処かで詰まると悔しくなる。もう一回。良しうまくいった。もう一回試したい。結局は割と結構な数字を叩きだす。そして時間も結構過ぎている。人生において屈伸でここまで楽しむ日が来るとは思った事も無かった。

先日、ひょんなことから屈伸を含めた宿題をしてからウォーキングに出る機会があった。いつもは宿題は寝る前にしている。後は起きた後とか。その日は本当にたまたまだった。その時である。20分くらい歩いていて私は気付いたのだ!足が妙に軽い事に!!歩行が上手になったから?違う。そういう感じじゃない。カラダから感じ取れるのは単純に足が軽いだ。足が軽々と上がる。明らかに前とは違う。何で急に?何をした?何が今までと違う?

先生に仕込まれたお陰ですぐに考えてしまう。何かがあるはずだと。そして思い至ったのが「宿題をやったな」という事。特に屈伸多めで。となると、この変化を作り出したのは屈伸か!としか思いつかなかった。となると、きっとそうだ。屈伸に違いない。他の宿題も股関節の運動入ってるしなぁ。。と思いながらも屈伸が一番近い気がする私。

取り敢えず足が軽い。その軽さがまた違うのだ。表現するのが難しい。とにかく軽い。カラダがスイスイと進んでいた。そう「進んでいた」のであって、自覚するまでに20分掛かっていたというオチ。正に気付いた瞬間は「あ」ではなく「え?」という感じ。あれ?いつのまに?という感じ。

そんな変化があちこちで起こるのがここの面白さ。先生はカラダの伸び代を全部伸ばそうとしてくれます。何処まで伸ばすかはこちらが決めていいので楽です。ペースも自由に決めていい。ゆっくりの人はお金と時間が掛かるから注意しろ!逆に急ぐ人は1つ1つの階段を登る事が必要だ!順番飛ばしは健康が安定しないそうな。

RPGの様に、少しずつでも確実にレベルアップさせる事が好きなので、私は1つ1つを順番にが性に合う。楽しい。成長が自覚できるしケアも自分でできる様になる。

何より感覚が鋭くなってくるのが楽しい。先生の言う「カラダは一生のおもちゃ」というのが少しわかる。使いこなす程に感覚が刷新されるまさに「するめ」系のおもちゃだ。

先生の動きを再現する事はまだできない。という事は伸び代はまだまだあるということだ。行かねばなるまい、いや行きたい!

健康を追い求めるレクレーション。それが俊カイロだ!

コスパもタイパも確かに最高だ!激しく同意する!

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数少ないIPホルダーだと思う

5.00
投稿日

この業界は割と長い方です。同業者です。同業プランでお世話になっています。といっても、もう卒業したので今は「一般プラン」で受けさせてもらっています。

同業者の方が気にしている点だと思うので、先生の許可を得た上でこちらで紹介をしますと

同業プランは12回の規定カリキュラムが終わった時点で終了です。そこから先は一般プラン扱いで半額の10,000円で受けることができます。ただし、一般の方向けの流れになるのと「もうわかっていますよ」というペースでサクサク進みます。

なので学ぶというより確認の為みたいな感じです。特に先生は半年に1回くらいは大掛かりな変化が起こるので年4回くらいは行かないと変化についていけない。ウラシマ太郎みたいになってしまう。

おっと。話が逸れていました申し訳ない。

話を戻すと、私から見た先生は業界でも数少ない「IPホルダー」持ちの先生だと思います。だからお世話になる様になったんですけど。

要は開発エンジンから開発そのものまで、全部が内製で完結している存在。外から取り入れた情報や技術は一旦全部を溶鉱炉で溶かした後で、改めて再構築する徹底ぶり。完全に自分のものにしてから追加装備というかアタッチメントの様に組み込んでいく。まさに内製の強さが発揮されている先生です。

今の時代、本当にこういう先生は減りましたよね。貴重な人だと思います。

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深い!とにかく深い!

5.00
投稿日

紹介できました。会社の同僚からです。カラダの事が深堀できる。健康が深堀出来るとやたら昼食時に話してくるので相当お気に入りなんだな、とは思っていましたが。それが何回も続くと流石に「どういうところなの」と気になってきて。というのも、確かに何かが変わっている。前とは違う。というのは印象として受けていたからです。何かやたらシュッと立っている人いるなぁと思っていたら「え?お前?」なんてオチが何度かあったり。スルッと歩いている人おるなぁと社内で見ていたら「え?お前か!」なんてことがあったり。

前からあんなだっけ?いや違うよな。なんて自問自答を何度か繰り返し。いや、あいつ変わってきてるよな、何か違うよな。と話していると「あ、変わってきてる?」と本人が反応するのも何か負けた気がしてw

何やってるの?整骨院じゃないの?ストレッチ通ってるの?パーソナル?まさかヨガか!と詰問を開始。すると「カイロだ」と想定外の答えがやってくる。え?カイロってあのパキポキスッキリのやつやろ?カイロってこんなんなるの?と驚きました。

でも聞いてみると何か違う。パーソナル寄りのカイロ。いや最早カイロと言うには云々と蘊蓄が始まる。結局何やねん。行ったらわかる。カラダのお勉強やと状況が更に混迷する。

走るのが嫌な自分にはいいのかも、なんて軽い感覚で行ってみる事にした。カイロだけどパキポキはまずしない、という同僚の言質を取ってw 何故なら怖いから。

で行ってみる。初回で納得。なんだこれは。これはカイロなのか?想像と何か全然違うものだった。2時間ずっと先生は喋りっぱなし。情報が本当に雪崩の様に押し寄せる。処理が追い付かない。え?これ立つってことの解説やんね?何か項目多くない?立つってもっとシンプルちゃうの?ええ!

みたいな感じです。

自分が見る何気ない動作、姿勢。それが自分には全10工程の作業に見えていた。カラダって凄いんだなぁと。これはテレビ番組で言っていたから私の信頼足るソースであった。が、ここでは立つが全30工程?くらいに細分化されていた。それが繫がり合ったら「立てる」と。「立つ」とは工程の連結に過ぎないと。正に「結果」であると。

うわあ、これがプロか。

同僚に「目覚めるで」と言われたが理解できた。自分の中にある固定観念が具体的にひっくり返されるという事だな。「思ってたんとちゃうやんけ」と。そして先生は「さぁどうする?」とアーロン(FF10参照)の様に問い掛けてくるわけだ。

知ったら行くっきゃないでしょう。だって知っちゃったもん。

そうか、ここではみんな「ネオ」になるんだ。さぁマトリックスから目覚めようぜ!

アムロ、いっきまーす!!!

確かにここはカラダと健康を深堀する場所に相違ない!

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パーソナル先生

5.00
投稿日

ネット検索で辿り着きました。ここに来てからはもうここ以外の選択肢はありません。戻ろうにも戻れない。余りにオンリーワン過ぎる。私は理屈が大好きなタイプで納得がいかないとどうにも足が動かない。腰も重くなる。ここは全てに答えを提供してくれた唯一の場所。ここまで詳細に全身の繋がりを説明してくれた先生は本当に初めて。120分枠が本当に使い切る前提の院です。先生に質問をしたり、相談をしたりしていると一瞬で時間が溶ける。説明がとにかく詳細。自分が思っていた何倍も深い課題、問題だったのかと聞いた後に気付かされる。ここが私にとっての転換点でした。ここでいう「あ」の瞬間です。

自分が持っていた問題意識、課題意識。その同じ内容が先生の手に掛かるととんでもない深さ、幅を持った課題、問題に置き換わる。自分が目の前の課題を簡単に捉えていた事が問題だったんだと。全10工程を2工程くらいで受け止めていたから変化が期待に追い付かない。そもそも「正しく把握していなかった」という問題。こんな簡単な事に気付くまでに割と時間が掛かりました。ここに来て説明を受けてなかったら気付けていたかどうか。そんな発想が無かった、という様な説明がドンドン出てくる。そしてその1つ1つがやたらと説得力がある。たとえ話がまた面白い。そこでその例え?となる。でも本質的にはその通り。

納得しか生まれない。こんな先生は初めてでした。

でも、この圧倒的熱量は中途半端な熱量で立ち向かうと一瞬で焼かれる。それも同時に思った。先生自身のエネルギーが半端ないのだ。

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健康の忘れ物を回収していく場所

5.00
投稿日

ここで知ったこと、学んだ事、身に付けた事。

それは健康に関しての「忘れ物」だということ。この年齢になるまでに本当は学んでおくべき事、覚えておくべき事、知っておくべき事、どれが一番適切なのかはわからないけれど、健康に関してスッポリと抜け落ちている部分をここで補う事ができました。

知らない事ばかり。そうじゃなくて教えてもらえなかった事ばかり。

本当はこれこそ教わるべきだったのに。後から気付いても教わる場所もなく、どうしたらいいのかと悩んでいました。

自分でするには限界がある。テレビやyoutubeは信用していいのかわからない。新聞は?一般書は?

そもそも判断をする為の知識も経験も私にはない。だから余計に困っていました。でも、ここはそういった困りごとにも対応しています。わからない事は全部聞けた、いつでも教えてくれました。

キチンと伝えて欲しいと伝えれば、キチンと身体の状態についても説明をしてくれました。聞くのはキツかったけど、正しく把握したかったから頑張りました。

まずはしっかり現在地を知る事、そして埋めるべきものを埋めていくこと。とてもシンプルな取り組みですが、確かな情報をもとに進むから手応えもある。

「迷わなくていいって本当に楽」

信頼できるパートナーを得るとこんなに加速するものだと知りました。パーソナルだと思います。ここは。健康のパーソナル。自然なカラダのパーソナル。

健康を育てる、育む。それも自分の手で自分の身体を。

それは理想的でもあり、同時に「なるべく避けたい」と思っていた手間暇の世界。私はそれでも「確かなモノ」を手にしたかった。

だからここを選んだ。

大成功でした。

最後に、お金のお話。

私みたいに、健康を学びながら育て直すつもりなら、10万くらいは予算で確保しておいた方がいいと思います。1回2回で何とかしようとは思わない方がいい。

私達が思っている以上に、カラダの中に課題点はありますから。大丈夫、支払った金額以上の価値が自分自身の中に育つよ!

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気付くというか、学ぶことの枠が大きい

5.00
投稿日

カラダの使い方を基本から教えてもらえました。

凄い勉強になりました。

あ、今も継続中です。今は肩甲骨まで到着しました。

自分の身体の状態を通して、自分の何が問題だったのか、課題は何か、どうしてそうなったのか。先生が一緒に考えてくれて、自分でも考えて。

「あ、ひょっとして」が沢山出てきて、「あ、それだ」が沢山出てきて。自分が良いと信じていたモノがドンドン「カラダを複雑にしていた」と知って、自分は一体何をどう信じてきたのか考え直して。

あ、そうだ。私は見つけた情報、触れた情報を「疑う事なく」勝手に「そうなんだ」と信じていただけなんだ。とここに来て初めて知れました。

ヨガ、ピラティス頑張ってました。パーソナルだって頑張ってました。でも頑張る程に何かカラダがおかしくなる。先生には褒められるけど、健康ってこうだったっけ?と何か腑に落ちない。

でも頑張ってるから+にはなってるはずだと信じてました。信じたかっただけだと知りました(汗

どうしてそれが問題なのか。どうやって今みたいな状態になっているのか。先生は1つ1つ全部を理論的に説明してくれました。細かすぎて私にはわからない事もあったけど、先生は理路整然と説明をしてくれます。「わかっている人だ」とすぐにわかる。先生は私に「説明」こそすれ「説得」はしていない。

そう考えると今までは沢山の「説得」を受けてたんだなぁと改めて実感。言われるがままに通っていた自分を反省。

予約も凄いシンプル。今までは「次はいつ来ますか?今決めてしまおう」と底に私はいませんでした。でもここでは「〇日以降で検討して下さい」とあっさり。え、自分で予約って決めていいんだ?これが私には画期的。そうか、それでいいんだって思った。

先生の動きと私の動き、鏡の前で見ると全然違う。違うから私の身体には課題がある。だから課題をこなしていけばいい。悩むのは課題が全部終えてから。ああ、とってもシンプルでわかりやすい。私には向いているかも。

私が今まで聞いていた事、おススメされていた運動、禁止されていた運動、1つ1つを先生に説明して、1つ1つを整理する。人によって解釈は違ってくると思うけど、私は先生の意見に従うと「自分で」決めた。

そうか、ヨガをする、ピラティスをする、パーソナルに行く、じゃないんだ。「誰を頼るか」の問題だったんだ。

私は自分の中にあった大きな勘違いにここで気付けたと思う。

先生も言ってました「何、よりも誰、が先」だと。

私は先生の事は友達にペラペラ説明ができる自信がある。先生はそれ程に個性的かつわかりやすい。そして先生は本当に患者?生徒?と良く会話をする。本当に沢山の事をお話します、施術を通して。

でも、今まで通った先生は「とても良い人」「優しい先生」「凄い資格がある」「凄い実績がある」といったボンヤリとした紹介しかできない事にも気付いた。私は先生をよく知らないまま通っていた。先生も踏み込んだ事は聞いてこない。お互いの関係性が本当にボンヤリしていたと思う。

やっぱり一番の課題は私自身の中にあったんだなと今なお思う。

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こんな物語もある

5.00
投稿日

奥さんから紹介された。そしてこちらに来た。

先生が色々と説明してくれるが難しいのでこう伝えた。

「難しい話はわからないが、言われた通りにすれば良くなるのか?」

先生の答えはこうだ。

「立場上、求められる結果保証はしかねるが、カラダが変わる事は約束できます」

カルテは7割が×だった。それを7割〇に変えるまでは従おうと決めた。私の課題は腰だったが、腰は足腰が安定すれば大丈夫でしょうとのことだったので。

これが首肩だったらもう少し先の話になっていたらしい。

そこらへんの理屈はよくわからない。何せ素人なのだ。

とにかく言われた通りにした。キチンと先生が教えてくれた通りにした。

した。

言われた通りにしてみた。

腰の問題、なくなった。

奥さんの言った通りだった。

2

世界が何度も変わる。最後にドカンと花火が上がる

5.00
投稿日

どう表現したらここの良さ、というか特殊性?が伝わるのかなと悩み始めてはや1年。卒業してからもう1年経ったけれど、まだこうだ!という表現がはっきりとしていない。迷う。

でも迷い続けていたところでいつまで経っても書けないので現時点で自分が思っている事を書こうと思う。

まず、私個人の感想です。健康食品の宣伝と同じだと思ってもらっていい。あくまで私個人の感想です。

世界が変わるよ、という話を聞いて受けてみた。それについて私が感じてること。それは

「世界が変わる瞬間は何度かある」

まずこれ。

私は何回あっただろう。割とあった。

ー「股関節」と「肩関節」を使えた手ごたえを感じた時

ー「呼吸」で色んな所が順番に膨らんで萎むのを感じた時

ー「重心」位置をキチンと知った時

ー「かかと」と「爪先」の違いを実感した時

ー「屈伸」をキチンと知った時

ー「歩く」で視野が広がった時

ー「背骨」がしなる感覚を掴んだ時

ー「手足」が背骨で繋がった感覚がわかった時

ー「踵重心」の力が頭まで伝わった時

あ、なんか割とあるな

こんな感じで1つ気付く度に世界が変わっていった。本当に変わっていく。今までの世界と今見ている世界が違う。いや、世界は同じ。自分が変わった。

そんな経験、ここでしかしたことない。

そしてとっておきの気付き。これは世界がぶっ飛んだw


ー宿題が全て「歩く」「立つ」に繋がっていたと気付いた時


「立つ」と「歩く」は分解して動きを繋げると、宿題の動きの集合体だってわかった。

先生本当に育ててくれてたんだ。自立できる様にって。って感動した

本当にここは「先生」がいる。「専門家」じゃなくて「先生」がおるんよ!

2

やれば元気に、やらなければその場に。わかりやすい

5.00
投稿日

自力で見つけました。あちこち色んな院を巡って、相手の責任にしては別の場所に行って。それでも良くならなくてまた移って。良くならないのは専門家のせいである、そんな認識でずっとやってきました。

自分が良くならないのは技術のせいなんだと。神の手と出会えたらきっとよくなる。だから神の手を探そうと頑張っていました。

で、有名な先生に紹介を貰えてやっと大丈夫だと一安心したのですが、、、、実際には状況は変わらず。むしろ割高の料金と頻回の通院で予算がドンドン削られていく一方に。そっちに不安が募りました。

感じる変化と予算の削れるペースが釣り合わず、質問をしても「個人差がある」と受け流され。そこでハッとしました。ああ、多分自分の様な人が沢山いると。そしてそういう人が院の売上に貢献しているんだと。

急にです。急に頭の路線が切り替わったというか。カチャッとなったというか。「あ、今のままじゃ駄目」とだけはっきりとわかった感じです。悟りを開いたみたいな感じ。

そこから改めて院を探す様に。自分が手にしたいゴールをはっきりとさせて、それをどのように実現してくれるか、そのプロセスをしっかりと伝えてくれる先生を。技術よりも通り道を知りたいと考える様に。

検索ページの10ページ先くらいまで探して探してやっと見つけたのがここ。ここより上に表示されている整骨院や整体院はほぼ行きました。

ここだ。ここなら信じていい気がする。単なる直感でしたが、書いている内容が他とは異なる色合いだったので先生が見えた。そんな気がしたのです。

で、実際に受けてみて確信。ここだ。

技術で良くするなんて言わないし、もう大丈夫とむやみに安心させる事も言わない。もう流石に学んだ。結果を初回で保証する先生は結果に責任を負わない人だ。「個人差がある」とはもう散々聞いてきた。

だから「やってみないとわからない」と答える先生に誠意を感じた。嘘が無い事が重要だから。

そんな曖昧な言葉で信じた訳じゃない。信じたのは「伸びしろは山ほどある」という言葉。そっちを信じました。

そしてカラダのカルテとご対面。赤ばっかり。だから今の状態になったのかとわかる。そしてそれを塗り替えていく作業は簡単ではない。最短距離を提示するが、それはあくまで「安全」基準であって「効果」基準ではない。それもキチンと伝えてくれる。

だから信じてやった。宿題を1つ1つ。

足首をした。膝をした。股関節をした。そして運動で繋げる練習もした。

何もできていなかった自分が段々とできる様になっていく。それに伴い動きが軽く、何かが違って感じ取れる様に。

キチンとすれば、ちゃんと変わるのだ。

じゃあ、今までの自分がしてきたことは何だったのか?いや、選んだのは自分、それは自分の責任に過ぎない。

自分ですれば良かったんだ。ああ、本当だ。答えはずっと足元にあった。

自分がそれを真っ先に遠ざけていただけ。

先生の言う通りで、健康は自分次第。行動も大事だが、それを「どう考えるか」「どう感じるか」という心の問題が大きい。

それを「価値観」「優先順位」と先生は言う。

健康を崩すのは健康の優先順位が低く、価値が低いから。だから蔑ろにする。

健康を取り戻すのは自分の中での価値の正常化、優先順位の適正化。その結果としての行動なのだと知る。

やっぱり答えはずっとそこにあったのだ。それに気付かせてくれたのは個々の先生。

カラダを使いこなすってとても楽しく健康的だと思う。

運動が楽しい、血圧が安定する、心拍も安定、血液検査も安定した。何より日常が軽い。頭の中が軽い

いい事ばかりだった。

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大阪府吹田市千里丘下20-18

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