笑顔になる少し前にも、小さな変化があります
(前編)
お母さんへ。
子どもが元気になってきたと聞くと、
「笑顔が増えた。」
「よく話すようになった。」
そんな姿を思い浮かべるかもしれません。
でも実際には、
そこまで大きく変わる前に、
もっと小さな変化が
見えてくることがあります。
ある日のことです。
いつものように
一緒に教材を見ながら、
勉強とは関係のない話を
少ししていました。
こちらが何かを言うと、
その子が、
「それ、ちょっと変やん。」
と返してきました。
そして、
ほんの少しだけ
口元がゆるみました。
大笑いしたわけ
ではありません。
楽しそうに話し続けた
わけでもありません。
そのあと、また普通に
教材へ戻りました。
でも私は、
こういう瞬間を
とても大切にしています。
以前なら、
こちらが話しても、
短く答えて終わる。
必要なことだけ話して、
また静かになる。
そんなこともありました。
それが少しずつ、
「それ、何?」
「ちゃうやろ。」
「おもしろいな。」
そんな言葉が
混じるようになってくる。
会話の内容だけを見れば、
何でもない雑談です。
けれど、
何でもないことを
何でもないまま話せる。
これは、とても
大切なことだと
私は思っています。
そして変化は、
笑顔だけに現れるとは
限りません。
返事が少し早くなった。
声がほんの少し大きくなった。
こちらの顔を見てから
言葉を返してくれた。
そんな小さなところにも、
以前とは違う
やわらかさが
見えることがあります。
「もっと話して。」
「笑って。」
と求めなくてもいいのです。
今日は少し声が軽かった。
昨日より一言多かった。
ちょっとだけ
口元がゆるんだ。
そんな「笑顔になる少し前」の
小さな変化もあります。
成績には表れません。
勉強時間にも表れません。
でも、
その子が少しずつ、
人と一緒にいる時間を
楽に過ごせるようになっている。
その中から、ふっと
笑い声が聞こえてくる。
私はそんな瞬間にも、
子どもの中で何かが
動き始めていることを感じます。
冗談が一つ返ってくると、「その子らしさ」が見えてきます
(後編)
お母さんへ。
少し会話が増えてくると、
やがて、
その子らしい言葉が
戻ってくることがあります。
ただ質問に答えるだけではなく、
「それ、ちゃうやろ。」と
突っ込んでみる。
こちらが間違えると、
ちょっと嬉しそうに
笑っている。
時には、
わざと変なことを言って、
こちらの反応を
見ていることもあります。
そんな時、
教室の中に、
「ふふっ。」という
小さな笑い声が
聞こえてきます。
私はこれを、
とても嬉しい変化として
見ています。
なぜなら、
冗談というのは、
言葉だけでは
成り立たないからです。
「これを言ったら、
先生はどう返すかな。」
「こんなことを言っても、
大丈夫かな。」
そんなふうに、
相手とのやり取りを
楽しむ余裕が、
少し生まれているように
見えることがあります。
もちろん、
いつも笑っている必要は
ありません。
静かに過ごしたい日もある。
あまり話したくない日もある。
それでいいのです。
大切なのは、
明るい子に
変わることではありません。
その子が、
その子のままで、
話したい時には話せる。
笑いたい時には笑える。
黙っていたい時には
静かにしていられる。
そんな時間が
少しずつ増えていくことです。
〔変化編〕では、
「始められた。」
「戻ってこられた。」
「自分から動いた。」
「親子の会話が増えた。」
「今日は、ちょっとラク。」
そんな小さな変化を
見てきました。
そして、その先で、
「それ、ちょっと変やん。」
と笑えるようになってくる。
それもまた、
数字では測れない
大切な変化です。
大きく元気になった姿だけを
探さなくても大丈夫です。
何でもない会話の中に、
その子らしい言葉が
一つ戻ってきた。
小さな笑い声が
一つ聞こえてきた。
そんな日常の中にも、
子どもが少しずつ
自分らしく過ごせる時間が、
静かに戻ってきているのだと
私は思っています。