「勉強が嫌い」と決める前に、見ておきたいことがあります
(前編)
お母さんへ。
「うちの子、
勉強を楽しそうに
しないんです。」
そんなお話を
聞かせていただくことがあります。
机には向かう。
言われたこともする。
でも、
表情があまり変わらない。
自分から、
「これやりたい。」
と言うこともない。
そんな姿が続くと、
「この子は、勉強そのものが
嫌いなのかな。」と
思うこともあるかもしれません。
でも、
子どもたちと
一緒に学んでいると、
少し違った姿が
見えてくることがあります。
たとえば理科なら、
水に浮くものと
沈むものを考える。
そこから密度へ進み、
さらに
気体の集め方へ
つないでいく。
「これは、どうなると思う?」
と聞くと、
少し考えて、
自分なりの答えを出してくる。
英語を少しやったら、
次は音読。
そのあと、
ほんの短い時間だけ
イメージを使った計算をする。
一つのことを
長く続けるのではなく、
短く切り替えながら
進めることもあります。
すると、
最初は静かだった子が、
「これ分かる。」
「次、これ?」と
話し始めることがあります。
私は、
こういう瞬間を
とても大切にしています。
勉強そのものが
急に好きになった、
ということ
ではないでしょう。
でも、
分からないことばかり
だった時間の中に、
「分かった。」
「できた。」
「これなら、もう一回できそう。」
こんな瞬間が
少しずつ増えてくる。
すると、
同じ教材を前にしていても、
子どもの表情や言葉が
少し変わることがあります。
「勉強が嫌い。」
と見えていた子にも、
まだ見つかっていなかった
入り口があるのかもしれません。
その入り口は、
勉強の中だけにあるとは
限りません。
その子が好きなもの。
夢中になれるもの。
誰かに見せたくなるもの。
そんなところから、
学ぶことへつながる道が
見えてくることもあります。
好きなことが誰かにつながると、子どもの表情が変わることがあります
(後編)
私のオフィスには、
絵を描くことが
大好きな子がいます。
ある時、
その子が描いたイラストを見て、
別の小学生の女の子も
同じように絵を描き、
入院しているお母さんへ
プレゼントした、
こんなお話を聞きました。
そこで私は、
そのことを
本人に伝えました。
すると、
「じゃあ、これもプレゼントして。」
と言って、
もう一枚、
絵を描いてくれたのです。
さらに、
「家にもあるから、
持ってくる。」
という話になりました。
自分が好きで描いていた絵が、
知らないところで、
誰かを励ます
きっかけになっていた。
そして今度は、
自分の絵を
誰かに届けようとする。
私は、
こういう経験も、
子どもの成長の中では
とても大切だと思っています。
絵を描くことは、
算数でもなく
英語でもありません。
でも、
「自分の好きなものを
誰かが喜んでくれた。」
という経験は、
その子の中に
必ず残ります。
そして教室では、
絵を描いている時のその子と、
勉強している時のその子は、
別々の人ではありません。
好きなことを話す。
誰かに見せる。
喜んでもらう。
ちょっと嬉しくなる。
その同じ子が、
今度は教材を開いて、
「これ、分かるで。」
と話している。
私は、
子どもの学びを考える時、
こうしたつながりを
大切にしています。
勉強だけを取り出して、
「もっとやりなさい。」
と動かそうとするのではなく、
絵でも、
音楽でも、
工作でも、
好きなことでもいい。
その子の中にある、
「やってみたい。」
「見てほしい。」
「できた。」
という気持ちが動く場所を
大切にしてみる。
そこから、
学ぶ時の表情まで
少し変わってくることがあります。
子どもが楽しそうに
勉強し始めた時、
その少し前には、
勉強とは別のところでも、
その子の心が動く出来事が
あったのかもしれません。