高校生までに見えている姿だけが、その子の完成形ではありません
(前編)
お母さんへ。
お子さまのこれまでを
振り返って、
「この子は、この先
どうなっていくのだろう。」
そんなふうに
考えることはありませんか。
一生懸命取り組んでいる。
まじめに頑張っている。
自分なりに考えている。
それなのに、
自分の思いを
うまく言葉にできなかったり、
持っている力が、周りから
見えにくかったりする。
そんなお子さまもいます。
すると、
同じ年頃の子が
どんどん前へ進んでいるように見えて、
「このままで大丈夫なのかな。」
と心配になることも
あると思います。
でも私は、
高校生までに見えている姿だけで、
「これからの姿」を
決めなくてもいいと思っています。
お子さまの成長には、
それぞれに
違った時間があります。
早くから自分の
得意なことを見つけ、
それを言葉にして
前へ進める子もいます。
その一方で、いろいろな
経験を重ねながら、
「自分は何が好きなのだろう。」
「どんなことを大切にしたいのだろう。」
と少しずつ、
考えていく子もいます。
後者の成長は、
外から見ると、少し
分かりにくいものです。
でも、その間にも、
考える。
迷う。
好きなことを続ける。
自分なりに工夫する。
うまくいかなければ、
また考える。
そんな経験が、静かに
積み重なっています。
そして高校を卒業し、
大学や仕事など、
自分で選べる世界が
少しずつ広がっていくと、
それまで別々だった経験が、
一つに
つながり始めることがあります。
「あの経験も無駄ではなかった。」
「私は、こういうことに
関心があったんだ。」
そんなふうに、
自分自身について
少しずつ分かり始めるのです。
今、
目立っているかどうかは、
その子の将来の大きさを
決めるものではありません。
今はまだ、これから
伸びていくための材料を、
静かに集めている
途中なのかもしれません。
後編では、
その材料がつながり始めた時、
お子さまにどんな変化が
生まれてくるのかを
お話しします。
自分の「好き」と経験がつながると、子どもは自分の道を歩き始めます
(後編)
お母さんへ。
前編では、高校生までに
見えている姿だけが、
その子の完成形ではない、
というお話をしました。
静かに成長してきた
わが子を見ていると、
ある時期から、
それまで別々だったものが
つながり始めることがあります。
好きだったこと。
続けてきたこと。
うまくいかなかった経験。
人との出会い。
自分なりに考えてきたこと。
一つ一つは、
その時には意味が
分からなかった
かもしれません。
けれど、
進学や将来について
考える時期になると、
「あれも自分だった。」
「これも自分だった。」
と、少しずつ一本の線に
なっていくことがあります。
すると、
人から言われたからではなく、
「私は、これをやってみたい。」
「こんなことを学んでみたい。」
という言葉が、
本人の中から
出てくるようになります。
私は、この変化を
とても大切にしています。
突然、力が生まれたわけ
ではありません。
ずっと
積み重ねてきたものに対して、
お子さま自身が
意味を見つけ始めたのです。
成長が
ゆっくりに見える時期にも、
大切な蓄積があります。
すぐに答えが
出なくてもいい。
将来の方向が、
途中で変わってもいい。
一つずつ、
「私はどうしたいのだろう。」
と考えていけばいいのです。
そして、
そばにいる大人が、
答えを先に
決めるのではなく、
本人の言葉を聞きながら、
一緒に整理していく。
そんな時間があることで、
お子さまは少しずつ、
自分の人生を
自分で
選び始めることがあります。
18歳で完成する
必要はありません。
大学に入ってから
見つかるものもあります。
20代になってから、
「ああ、私はこれだったんだ。」
と気づくことだってあります。
今まで静かに
積み重ねてきたものは、
決して
消えてしまいません。
それらがいつか
つながって、
その子自身の道になる。
私は、そんな
少し先までを
見すえながら、
今、目の前にある
お子さまの一歩を、
一緒に
大切に
していきたいと思っています。