口コミ

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K&K
K&K さん

「織田信秀公」(信長公の父)の墓石が祭られ、大きな名古屋大仏が有るお寺

5.00
投稿日

境内の中の「織田信秀公」(信長公の父)の墓石が祭られ、大きな名古屋大仏が有るお寺と言う事で、天気の良い日に行って来ました。
私の住んでる知立市からだと、高速道路を使ってカーナビで行けば50分で行ける近距でした。
移動途中、住宅街の生活道路を走って行ったので、人通りは多く車の往来も多くかなり慎重な運転が必要でしたよ。
私が到着した駐車場は、名古屋大仏の有る裏側?の3台ぐらい停めれる場所でした。
その場所は、幼稚園児を歩いて出迎える家族の方が沢山行き来する場所の様で、まさに住宅街の生活道路でしたよ。
こんな住宅街のど真ん中に大きな10mも有る大仏さんが・・・と思ったら本当に緑色した大仏さんがドカーンでした。
多分、緑色してたので青銅で作られた鋳造品の大仏さんで、見物の対象ではなく、佛教信者の真前参詣と言う事で、佛様と無言の対話をやって来ました。
大仏様の手の構えや台座の周りには数頭の象が居て、大仏様の下には、日本人では無い人が居ましたね。
私の想像してた、「織田信秀公」(信長公の父)の墓石が祭られたお寺と言うイメージと違ってました。
私には知識が無いので、神社仏閣に詳しい、またべえ師匠に聞き込んだところ、
『日本の仏教徒の真髄が名古屋市千種区にある「覚王山、日泰寺」ですが、「日泰寺」もはでやかで、タイ(旧、シャム国)の寺院によくある装飾で、日本の異なる宗派が交代に管長となり、日泰寺を持ち回りで管理してたようですね。
お釈迦様は元々タイ人(シャム人)で、桃厳寺もそのような雰囲気のあるお寺というよりは、寺院を取り入れたかもしれません。
タイ、ネパール、インドなどの文化を取り入れた寺院ですからゾウもいますね。』
と言う事を教えて頂きました。
言われてみれば、確かにタイ人の衣装を来たお坊さんにも見えましたね。
たげど敷地内は、「織田信秀公」(信長公の父)の墓石が祭られ、慕情菩薩や本堂には巨大な木魚も有り日本のお寺でしたね。
更に本堂の壁には、大河ドラマ「太閤記」に因み、信長公所縁の地として大河ドラマの成功を祈願した写真の数々が飾られており、年配のお爺ちゃん達から、『若い子には分からんかも知れないなぁ・・・』って説明を受けましたよ。
写真を見て分かる様に、本堂内は結構ハデハデで見応え有りますからお参りに行ったら是非見てくださいね。
その本堂から見た庭園のもみじも真っ赤に紅葉し冬を迎えようとしていたのか、もみじも散り始めていて、庭の管理をしていたおじちゃんが集塵用の掃除機を使って落ち葉の回収もやってるぐらい、管理がシッカリしてたお寺でしたよ。
名古屋のど真ん中にあるお寺でしたが、紅葉も見れてとても綺麗なお寺でしたよ。
大仏ファン、織田ファン、紅葉・庭園ファンの方にはお勧めのお寺ですね(笑)

32
クマン
クマン さん

自由な大仏

4.50
投稿日

名古屋にこんな大仏があるとは、びっくりです。緑色の大仏はインパクト大。周りをシカや象など、動物たちの銅像に囲まれていて、見ていてなんだか色々なことがどうでもよくなる大らかさを感じました。お寺の中も見学できます。個性的な展示内容です。ここでも大らかさを感じられます。拝観料を払うとお守りのようなモノをいただきました。ディープな名古屋スポットです。

6

織田信長公の父、信秀公を弔うために建立したお寺

5.00
投稿日

名古屋市千種区本山中心街から本線を少し丘陵地に向かう沿道沿いにある、曹洞宗の寺院です。

当家のご先祖(中野又兵衛尉)が仕えた織田信秀公(以下、信秀公)を弔うために建立した寺院で、織田信長公(以下、信長公)の弟である織田信行公(以下、信行公)が開基し、信行公の命により織田家家老の柴田勝家公(以下、勝家公)が建立を任されたようです。

さて、名古屋市営地下鉄、本山駅から徒歩10分程度の丘陵地に位置し、同寺の名称石碑から100m位上がると「以大照水」と称する山門のような構えをした門があり、その奥には鐘撞堂を2階に備えた立派な山門があります。
山門を潜ると左側には、信秀公の廟所があり、江戸時代に建立された信秀公の墓石と供養塔があります。
墓石と供養塔は、信秀公が居城していた末森城址(現在、城山八幡神社)から同寺内の境内に移されたものらしいです。
末森城址については、以前エキテンでも投稿させて頂いた城山八幡神社(名古屋市千種区)をご覧下さい。写真も数多く投稿しています。

信秀公の廟所又は、墓石の右奥には本堂があり、本堂内には、日本一と称される直径1mの巨大な木魚があり、年2回開帳される「ねむり辨天」様が置かれる台座が左奥にあり、本堂内の天井には絵師が書いたと思われる絵が天井いっぱいに一画ずつ描かれています。

また、本堂の壁側には、同寺を訪れた知名人、政治家など、数多くの拝観者の写真、記事などが掲示されており、50年前に大河ドラマで放映され太閤記で信長公役を演じた、○○◯◯さん(現在82歳)らが演じる前に同寺を訪れたようです。
信長公の父である信秀公の墓所でもありますから、昔の俳優さんは役者魂が違いますね。

本堂を後にし、寺の奥に進むと右奥の広大な墓地側の前には、名古屋大仏と称する座高10mの大仏(全体が青色の大仏様)が鎮座されており、大きな手形もありました。

戦国時代、織田家又は、中世の歴史好きな人でしたら、一度は訪れて頂きたい歴史的に価値のある寺院ですので是非、お勧めしたいですね。
また、じっくり本堂内、境内を拝観又は、散策すると30分以上は必要と思われる興味深い寺院でした。

歴史ポイント
織田信秀公の嫡子は信長公であり、兄弟の確執・争いにより弟、信行公が自害して果て、その後、信行公の後見人であった柴田勝家公(当時は信行公に加勢する。)は信行公を追って自害することなく、信長公に許しを請い、自分の生涯を信長公に尽くした武将(別名=鬼柴田)でもあったようです。
それが証拠に、織田家の跡目相続時に、羽柴秀吉公と勝家公が戦った「賤ヶ岳の戦い」は戦国史の中でも「関ケ原の戦い」、「小牧長久手の戦い」、「大坂の陣(冬夏)」に次ぐ、最も有名な合戦ですね。
織田家の歴史を散策する場所には、同寺は最適と思われます。

38
まりりん
まりりん さん

名古屋大仏

3.50
投稿日

織田信長のの父と弔う為に創建されたそうです。そっしりと構えた名古屋大仏は、お見事です。良縁や子だからにご利益があるそうです。弁天堂のねむり弁天も有名です。
鎌倉や奈良の大仏に比べたら小さめですが、圧巻の仏像です。

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概要

住所

愛知県名古屋市千種区四谷通2-16

アクセス

最寄駅
バス停
  • 四ツ谷通二丁目から64m (徒歩1分)

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