やっと気付いた!!
いやー来ました!やっときました。「あ」が来ました。
これは確かに面白かった。確かにひっくり返る。コロンと変わる。本当に変わる。「あ」と変わる。この経験が面白かった。
先生が自転車の様なものというのもよくわかりました。確かに乗れた瞬間にパっと変わって、しかも「戻れない」というおまけ付き。自転車に乗れたら乗れなかった時代に戻れない。一輪車もそうだった。
この場合は「歩く」「立つ」がそう。昔はいていた靴、そして健康の為にとウォーキングの時に持っていた0.5kgと1kgのウォーキングアレイ?鉄アレイのかわいいの、あれをもって歩いた時の感覚がまるで違う。あれは本当にびっくりした。大枚はたいて買ったシューズもそうなった。
まず鉄アレイ、今までの自分なら「お!手ごたえがある!使ってる感じが腕にもきてる!」と感じて納得、満足のどちらもしていました。でも今は全く正反対の感覚。
「うお!上半身が固まる!腕が固まる!力が邪魔される!」となる。やっていることは同じなのに感じる内容が本当に同じ人なのかと言いたくなるくらいに変わった。
靴もそう。昔は「うお!体が前に運ばれる!すごいエネルギーを感じる!高いのはやっぱり違うぜ!」と感じていたのに、2軸歩行と草履で慣れてから靴を履いてみると
「うぉ!足が乗る前に何か跳ねる!体重がしっかり乗らない!体が前に押し出されてしまう!何か足元ふわふわする!」という感覚に。
こんなに変わるものなのか。だから先生は年中草履をはいているのか。真似はできないが、理屈はわかる。確かに先生レベルになったらもう靴には戻れないんだろうな。自分だって少し履いてこんな感じだし。
カラダをきちんと使いこなすこと、使い切るということを学ぶと、どんどん「助けてくれる道具」がいらなくなる。「できる事をさせてもらえない」という状況が窮屈になっていく。そう感じ取れる様になったらちゃんと使いこなせているという事なのかな。
何かもう気付いたら最後、あれもこれも気になって仕方がない。カラダを楽にしてくれる道具は体を甘やかすという事なんだな。先生の言う「カラダから仕事を奪っていく」の意味もよく分かった。
楽ばかり覚えさせたら結局は健康が削れていくということなんだな。先生がよく言葉にする格言?がここで沢山意味を持ち始める感じです。
カラダは循環で成り立つ、力は最初からそこにある、新たに生み出すのはほんのきっかけ程度でいい。カラダの声を聴こう。
わかる様になると、いやまだわかっていないことも多いとは思うけど、それでもわかりだすと本当に興味深い。自分はそこにある世界を全く自覚できずに今まで来ていたんだと思う。それがやっと自覚できた。
無知の知とはまさにこれだ!そこにたどり着けたという事は、この先に進む準備がきっとできたということだ。まだまだ先があるなら最後まで行ってみたい。
歩くと立つの凄さ、すばらしさ、ようやくわかってきた感じがするのである。
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