シンプルな内容、そして「言うは易く行うは難し」の最終形態か?
同業です。
こちらの施術はとても興味がありました。お師匠さんの施術を受けた事があるからです。何なら指導もしてもらったこともあります。
当時から弟子を取らない、あるいは弟子が逃げ出す?と噂されていたお師匠さんのお弟子さん。弟子入りをされた当初から存在だけは耳にしていました。
あの先生が弟子を取ったのかと。
いつか受けてみたいと思っていたものの、中々タイミングが合わず随分と経ってしまいました。
カラダには特に不定愁訴は無いのですが、その旨もきちんと伝えての訪問。
いや凄かった。これ一般の人に伝わるのだろうか。気持ち良いくらいに振り切っています。ココロよりカラダに振り切っている。そうか、お師匠さんとの枝分かれができたんだな。と感じる。
対象は同じカラダとして、お師匠さんは技術介入度が高い。即効性を重視していた。こちらはその逆。技術介入度を最小限に、ただ、リンパ管を開いていく様に「扉を開く」ことに徹している。状況を整える事に振り切っている。
そうか、だから宿題が2週間なのね。納得。
あと、カラダから引き出す情報量、これはもうお師匠をはるかに超えている。この方向性ならそうなるか。そして一番目からうろこだったのが、検査も施術も全てが溶け込んでいること。境界線が無い。
何より、施術と検査が溶け込んでいる、と感動していたら「今のも検査です」「これもです」と私には気付けなかった隠し検査が沢山仕込まれている。この2時間、先生の頭の中ではどんな情報が巡っているのだろうか。私だとおそらく時間もたない。
特に違和感を感じない私、でもカルテ上には「自然ではないモノ」がどんどん並んでいく。
ああ、そうか。そういうことか。
先生は患者側の自己申告をそこまであてにしていない。むしろ脇に置いている。先生が信じるのはカラダからの直接の声。
その理由はカルテが示している。私自身が認識していない「普通ではない部分」がそこにはある。言われてみると確かにそうだ。私はそれを「異常なし」と受け止めていた。
痛くないから
その基準で答える患者さんの「申告異常」に囚われると見えなくなるものがあるのか。
とても大切なことに気付かされた。
先生は痛みを追っていない。あくまで健康な体、自然な体を追いかけているのか。
確かにこれはオンリーワンだ。
理解は理屈ですんなりと行く。だがそれを実践するのがどれだけ困難か。
言うは易く,行うは難し。である
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