600円は値段相応
車を走らせていると、ふと目に留まった一軒の食堂
派手な看板があるわけでもなく、ただそこに静かに佇む姿に心惹かれ、昼をいただくことにしました
店の前に数台分の場所はありますが、交通量のある道沿いゆえ、車を停めるには少しばかり技量がいるかもしれません
暖簾をくぐると、そこには時間がゆるやかに流れる大衆食堂の空間が広がります
使い込まれたであろう座敷と厨房を臨むカウンター
たちのぼるタバコの煙が、良くも悪くもこの店の歴史を物語っているようで、訪れる人を選ぶかもしれません
時間も限られていたため、タバコ嫌いですが、そのままカウンターの隅に腰を下ろしました
メニューに目をやれば、そのほとんどが六百円という嬉しい値付けです
迷った末に選んだのは、定番ともいえるチキン南蛮
厨房の様子が伺える席だったのですが、この価格で提供するための工夫と努力が垣間見えるようでした
盆に乗せられて運ばれてきたのは、5つの鶏肉が盛られたメインの皿に3品のおかず、そして艶やかな白飯と味噌汁
この3種のおかずが、実に丁寧な仕事ぶりでした
派手さはないものの、口に運ぶとホッとするような、実直な味わいが広がります
主役を支える脇役たちの確かさに、この店の良心を感じました
さて、主役のチキン南蛮ですが、私の舌には少々馴染まない点があったのも正直なところです
衣の具合や甘酢の塩梅はさておき、火入れに僅かなむらがあったように感じられました
1個、また1個と箸を進めましたが、うち2個は中心部がまだ淡い赤みを帯びており、ここで箸を置くことにしました
これはあくまでその日の、そして私の一皿の上での出来事であったと思いたいです
食事が終わるのを見計らったかのように差し出された一杯のアイスコーヒー
量は僅かでしたが、その予期せぬもてなしが、心に残ったチキン南蛮への小さなわだかまりを、そっと溶かしてくれるようでした
値段相応のお店でした
- 日当山駅
- 食堂
水源の恵みと六日間の結晶、行列が証す鹿児島の氷菓
暦の上では秋の声を聞く九月、されど肌を焼く陽射しは未だ夏の続きを告げています
火照った身体を内から鎮めるには、やはり冷たいものが恋しくなるものです
行き交う人々が手に持つ清涼感に誘われ、鹿児島でその名を知られた氷屋さんへと足を運びました
店の前には、この一掬の涼を求める人々の列が絶えることなく続いています
それもそのはず、こちらで供される氷は、ただの氷ではありません
鹿児島市郊外の名水、「大重谷水源の原水」をじっくりと、実に六日間もの時間をかけて凍らせた特別な結晶です
併設された工場で丁寧に作られるその氷は、市内の多くの飲食店からも信頼を寄せられる逸品です
北国の天然氷とは成り立ちこそ異なりますが、南国鹿児島の地で最上の氷を追求する、その誠実な仕事ぶりに期待が膨らみます
今回選んだのは「ベリーしろくま」
愛らしい名前の通り、しろくまをベースに数種のベリーがあしらわれた一品です
注文を終え、カウンター越しにその工程を眺めていると、職人の手によって氷が芸術へと昇華していく様子が見てとれます
ゆっくりと温度を戻し、削るのに最適な状態になった氷の塊が、薄く、そして空気を含むようにふわりと削られていきます
器の中に雪のような氷が積もり、その中腹に鮮やかなベリーが顔をのぞかせ、再び氷のベールを纏います
仕上げに特製の白いシロップがとろりとかけられ、三粒のブルーベリーで描かれた瞳と鼻が、愛嬌のある表情を完成させました
手渡された器はずしりと重く、想像を上回る大きさに心が躍ります
一口含むと、舌の上で儚く溶ける氷のきめ細かさに驚かされます
六日間という長い時間をかけて不純物を取り除かれた氷は、雑味が一切なく、水本来の清らかな甘みを感じさせてくれます
その繊細な氷に、優しい甘さのしろくまシロップが絶妙に絡み合います
そして食べ進めるうちに、中から現れるイチゴやベリーたちの鮮烈な酸味
この甘さと酸味の見事な対比が、次の一口、また次の一口へとスプーンを誘います
かなりの量がありながらも、最後まで飽きることなく楽しめるのは、計算された味の構成と、何より氷そのものの質の高さ故でしょう
店の周りには腰掛けられる椅子が用意され、食べ終えた後のための分別ゴミ箱や手洗い場まで設えられている心遣いも嬉しいところです
鹿児島の暑い夏にとって、なくてはならない一軒
行列の先に待つ至福の涼は、訪れる人々を確かに幸せにしていました
- 二軒茶屋駅(鹿児島)
- スーパーマーケット・食品・食材
日常の片隅で見つけた、北の大地が詰まった宝石箱
鹿児島を代表するホームセンター、その一角がにわかに活気づき、普段とは違う熱気を帯びていました
目的の品を探す足を止めさせたのは、紛れもなく北の大地、北海道から届いた食の輝きでした
南九州の穏やかな日差しの中で暮らしていると、時折、遠い北の厳しくも豊かな自然が育んだ味覚に、どうしようもなく心が引かれてしまいます
デパートの催事場を彩る華やかな物産展とは少し趣が異なり、日常の延長線上にある空間で出会うからこそ、その存在感は一層際立つのかもしれません
ずらりと並ぶのは、北の海が磨き上げた海の幸や、素朴で優しい甘さが魅力の菓子たち
その一つひとつが、北国の風景を雄弁に物語っているかのようです
数ある魅力的な食材の中から、今回私が選び取ったのは、海の幸を贅沢に盛り込んだ弁当と、見るからに濃厚な輝きを放つウニでした
価格は決して日常的とは言えませんが、それを手に取らせるだけの力が、この小さな折箱にはありました
蓋を開けた瞬間に立ち上る、清涼な磯の香り
そこには、色とりどりの海の宝石が、まるで絵画のように美しく並べられています
一口、また一口と箸を進めるたびに、それぞれのネタが持つ個性豊かな旨味と食感が、口の中で見事な調和を奏でます
これは単なる弁当ではなく、北海道の雄大な海岸線を旅するような、味覚の紀行です
そしてウニ
舌の上でとろりと溶けていくその瞬間、凝縮された甘みと深いコクが、ふわりと広がります
雑味が一切なく、後に残るのはただ、至福の余韻だけ
この一瞬のために、北の海の漁師たちは厳しい自然と対峙し、職人たちはその恵みを最高の形で届けてくれるのです
物産展という空間が持つ、特別な魔法
それは、その場で調理されたものではなくとも、その土地の空気や作り手の想いを想像させ、私たちの味覚をより豊かにしてくれる力です
「北海道物産展で買った」という事実が、最高のスパイスとなり、目の前にある料理をさらに特別な一皿へと昇華させてくれます
目まぐるしい日常からほんの少しだけ離れて、遠い北の大地に想いを馳せる
そんなささやかで贅沢な時間が、日々の暮らしに彩りを与えてくれるのです
たまにはこんな食体験も良いものだと、心からそう思える出会いでした
- 五十市駅
- スーパーマーケット・食品・食材
客足の絶えない広島流、その一枚に宿る店の個性
週末の昼下がり、ふと霧島市の大学近くに広島のお好み焼き店があることを思い出し、無性にあの味が恋しくなり足を運びました
大阪の「混ぜ焼き」とは一線を画す、生地と具材を重ねて蒸し焼きにする広島のスタイルは、お好み焼きの原風景のひとつです
期待に胸を膨らませて暖簾をくぐります
案内されたのは、鉄板の目の前という特等席でした
リズミカルにヘラが鉄板を叩く音、ソースが焦げる香ばしい薫り、そのすべてを間近で感じられるこの場所は、まさにライブステージの最前列です
店内にはカウンターの他にテーブル席も用意されています
入店した時は静かでしたが、それは嵐の前の静けさだったようです
すぐさま次々とお客さんが訪れ、あっという間に活気で満たされました
持ち帰りの注文も多いようです
鉄板の上では、家庭用とは比べ物にならない数の生地が手際よく焼かれていきます
注文は、メニューを見て伝票に番号と麺の種類を書き込むという合理的なシステムです
今回は生イカとエビが入ったミックスを、麺はそばでお願いしました
目の前で繰り広げられる調理の過程は、お好み焼きという料理の醍醐味を改めて教えてくれます
薄く伸ばされた生地の上に、山盛りのキャベツ、そして具材が丁寧に重ねられていく様は、ひとつの作品が生まれる瞬間を見ているかのようです
ただ、ひとつだけ個人的に気になった点がありました
調理の過程で、お店独自の調合と思われるいくつかの調味料が、私が今まで見てきたどのお店よりも多く使われているように見えたのです
これはお店の味の核となる部分なのでしょう
好き嫌いがありそうです
さて、15分ほどで焼き上がったお好み焼きが、湯気を立てながら目の前に供されます
熱々の鉄板から、コテで直接口へと運ぶ一口
ソースの香りと旨味、そしてそばの食感が一体となります
味わいとしては、多くの人に親しまれるであろう安定感のあるものです
ただ、調理の光景が脳裏にあったからか、どうしてもその調味料の存在が後味に残り、私の好みからは少しだけ外れてしまったのは正直なところです
もちろん、これはあくまで私の個人的な感想に過ぎません
客足が絶えず、多くのファンに支持されているという事実が、この店の魅力を何よりも雄弁に物語っています
この味を求めて人々が集まる、学生街に根付いた確かな一軒でした
ごちそうさまでした
- 国分駅(鹿児島)
- 和食
喧騒の天文館で知る、串カツ田中のもう一つの顔
南九州随一の賑わいを見せる鹿児島、天文館の昼下がり
目的の店もなく、食を探して歩く足がふと止まったのは、見慣れた「串カツ田中」でした
その名は、日が落ちてからこそ輝きを増すものとばかり思っていました
しかし、店先にはランチ定食を知らせる実直な文字が並びます
夜の活気と熱気を知る者として、この店の昼の顔に強く心を引かれ、吸い込まれるように扉を開けました
店内に広がっていたのは、想像していたランチタイムの慌ただしさとは少し違う、ゆったりとした時間でした
テーブルのあちらこちらで、すでに頬を赤らめた紳士淑女たちが、串を片手にグラスを重ねています
12時を少し回ったばかりというのに、そこは紛れもない祝祭の空間
その片隅のテーブルで、これから定食を味わおうとしている自分は、まるで舞台の袖から主役たちを眺める観客のようでした
程なくして運ばれてきたのは、「串カツ・から揚げ定食」
こんがりと揚がった串カツの豚、玉ねぎ、レンコン、そして愛嬌のあるハムカツ
その隣には、しっかりと存在感を放つ唐揚げが二つ鎮座しています
オーダーを受けてから一本ずつ丁寧に揚げられたであろう串たちは、実に美しいきつね色
ソースをたっぷりとまとわせ口に運べば、さくりとした衣の小気味よい食感と、素材それぞれの実直な旨みが広がります
派手さはないものの、期待を裏切らないこの揺るぎない味わいこそ、多くの人に愛される所以なのでしょう
唐揚げもまた、王道の美味しさ
ご飯を小盛にしてもらった盆の上は、まるで揚げ物たちの小さな祭典のようです
しかし、食べ進めるうちに一つの確信が胸に満ちていきました
この店の料理が持つ本当の輝きは、やはりアルコールという名の光を得てこそ最大限に放たれるのかもしれない、と
もちろん、定食として何ら不足はありません
むしろ、この価格で揚げたてを味わえるのは大きな魅力です
ただ、周りのテーブルから聞こえる楽しげな談笑や、カランと鳴る氷の音に包まれていると、この空間の主役は串カツであり、酒であり、そして何より人と人との賑わいなのだと感じずにはいられませんでした
昼の顔を覗き見たからこそ、夜の魅力がより深く理解できた、そんな貴重な体験
次回は迷わず、酒場の住人としてこの暖簾をくぐりたい
そう心に誓い、活気あふれる天文館の喧騒へと再び歩き出したのです
- 天文館通駅
- 串揚げ