便利な現代に生きる私たちが、なぜかあの「不便な時代」を愛おしく、そして「自由だった」と感じてしまう。寄せられたコメントを読みながら、改めて「昭和のよき時代」について考えてみました。
1. 「不便」だからこそ、心が動いた。
今の時代、スマホひとつで何でも完結します。でも、昭和は違いました。
待ち合わせに遅れれば連絡手段はなく、ひたすら信じて待つしかない。目当ての情報を得るには、辞書を引くか、誰かに聞くしかない。
コメントでも**「今より不便だったけど、自分の時は色々と楽しかった」**という声がありましたが、まさにその通り。手間がかかる分、一つひとつの出来事に「体温」があった気がします。
2. 「根性論」の中にあった、不思議なゆとり。
昭和といえば、今では考えられないほどの「根性論」がまかり通っていた時代です。
でも、不思議ですよね。コメントにもあった通り、「今より不便で根性論だったが、心にゆとりがあった」。
今は「コンプライアンス」や「正しさ」に縛られすぎて、どこか息苦しさを感じている人が多いのかもしれません。昭和はもっと「いい加減(良い加減)」で、少しくらいの失敗やハプニングを笑って許せる、心の余白がありました。
3. 「人間らしい生活」と、温かい記憶。
他にも、こんな具体的な「昭和あるある」に共感が集まっていました。
• 消費税がなかった!(あの頃の駄菓子屋の計算はシンプルでしたね)
• 学校給食が温かくて美味しかった。
• 人との繋がりが濃く、もっと「人間らしい」生活だった。
理容師という仕事をしていると、鏡越しにお客さまとお話をします。
昭和を駆け抜けてきた先輩方から、今の若い世代まで。時代は変わっても、人が求めているのは結局、**「型にハマった正解」よりも「温かいコミュニケーション」**なのだと再確認しました。
最後に:k2nextが目指すもの
昭和が自由だったのは、きっと「自分らしくいられる隙間」がたくさんあったから。
当店**「k2next」も、そんな昭和の良さを大切にしたいと思っています。
不自由な時代を知っているからこそ、今の便利さを楽しみつつ、心にはあの頃の「ゆとり」を持ってハサミを握っていきたいですね。
皆さんは、昭和のどんなところが「自由」だったと思いますか?
またお店でゆっくりお話ししましょう!