最近ご自身のお子さんの教育方針に悩むママとお話ししていた時の事です。
そのママは
子を"みんなと同じように"育ても仕方ない。
出来ればなるべく特異な価値を付けてあげるべき、というインフルエンサーの方の言葉を聞いてモヤモヤしているんです。
(内容は個人を特定できないように抽象度を上げています)
とおっしゃっていました。
何がモヤモヤの原因なのか?
"お子さんは人間であって資産じゃないですものね。"
私はそう答えました。
ママは深く頷かれていました。
ここ最近の教育界隈の一部分では
我が子の資産価値・存在価値をどう上げるかにばかり焦点を当てた発信が増えているなと感じます。
どこのインターに行くのが正解
言語は日本語ではなく〇〇が1番優先されるべき…
マーケットにおいて希少価値の高い"優秀さ"を持ったお子さんが育ち上がれば確かに幸せな人生を過ごす可能性は上がるかもしれません。
なるべく活躍して、心豊かに、より多く稼いで、出来れば全てを手に入れてほしい。
それが親心かもしれませんね。
ただ、私自身こういった論調に触れる度に"何か"への違和感が拭えないでいます。
レールを引きすぎてしまう事への違和感
ごく一部でしか適応しない"成功"パターンが定義されている事への不信感
心がそこにあるのかという疑問
何よりこの一部の強い情報は扱い方にも注意が必要で、もし受け取る側に"軸"が無いと
いとも簡単に他人の言葉に人生を左右される事になります。
誰かの定義した成功をマネしたくなるのは人の弱さかもしれません。
答えが見えない教育なら尚更。
誰かの作ったパターンにはそれ程の魔力があります。同じようにやれば上手くいく、という魔力です。
ですが"自分の軸"を持って選択し続けていける強さも、人は持っていると常々感じます。
その時の最善を選んでいく。
愚直にやり続けていく。
その在り方さえ身に付けられれば、不幸になる事は減るのではないかという思いで今日もお仕事しています☺️