口コミ

本堂を案内して頂く

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烏山城下七福神巡りで訪れました。御堂の中に木彫りのニコヤカなお顔の福禄寿がおられます。本堂の脇に1853年の宝篋印塔があり田圭先生の墓と書かれていたのでどんな人なのか気になりお寺にお声がけすると先代の住職が話してくれました。画家だそうで本堂の天井にあるそうで見せてくれるとのことです。龍の絵で何処から眺めても睨んでいる様にみえ迫力がありました。本堂に佐竹家の家紋があるのは開基の良信住関上人が佐竹氏の出である為でお弟子さん40人が県内外にお寺を開いたとのことです。その中の一つの小山市にある常光寺誌を見せてもらい解説頂きました。話を伺っていると現住職が来られ分からなかったら聞いて下さいと言って頂きました。貴重な資料を見せて頂き有難うございました。そして良信住関上人の偉大さも分かりました。次は本堂の案内をしてもらいました。烏山城主で諸侯三筆の一人であった大久保忠成公が書かれた寺額があります。文化財級の作品だと思いました。徳富蘇峰の兄である徳富蘆花の書かれた寺額も掲げられておりました。昭和28年当時のお寺の境内の絵も掲げられております。当時あった梵鐘は現在ありません。お寺にもう一つの七福神がおられました。毘沙門天であります。精悍な顔つきで邪鬼を踏みつけておりました。本堂には阿弥陀様が25体ありソレゾレ違うポーズをしておられました。それらを奉納された人々の名前も額に掲げられておりました。ソノ中の一人である烏山城主の御用商人が良信住関上人を読んで開基させたそうです。一通りの話を聞き終えた頃に先代住職がおもむろに腕時計を見ました。3時から何時も大岡越前を見るそうです。有難うございましたと言うとサヨナラと言って本堂に鍵を掛けました。お寺の事が色々分かって実に為になりました。

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謡曲で全国的に有名な放下僧(牧野家)のお墓があるお寺

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お寺には放下僧の牧野家之墓があります。下野国の牧野左衛門の子である小次郎は兄を誘い当時流行っていた放下(田楽の流れをくむ大道芸の一つで僧形をしていた放下僧と俗体の放下師とがある)の恰好をして敵に近づき親の仇を討つ話です。このお話は曲舞、羯鼓、小歌など様々な芸能が取り入れられていて重要な演目の一つとなっております。それらに携わっている人達が全国からお参りに来られていることでしょう。これ程有名になったのも牧野兄弟の演技力の賜物だと思いました。渡辺(常盤)潭北のお墓(那須烏山市文化財)もあります。烏山カルタにもあるように人々に道を諭した教育論者であり江戸で名の知れた俳人でもあった優秀な人物です。各地で遊説し数々の名句を読み那須烏山市の偉人の一人であります。全国的に知名度も高くカルタや文化財にも選ばれ草場の蔭できっと満足しているだろうと思いました。その他にもお寺には鎌倉時代中期に制作されたとされる木造 阿弥陀如来立像(那須烏山市文化財)を所有しております。本堂の脇の地蔵堂を窺うとお地蔵様のお膝元で子供がニコニコと微笑んでおりました。そのことからも子育て安産に御利益が期待出来そうです。御堂には福禄寿もいらっしゃるそうですが伺った時は分かりませんでした。後で住職に伺ったところ台の下にいるそうで私の写真には頭部のみしか写っていなく申し訳ございませんでした。改めて烏山城下七福神でお寺に参拝に伺いたいと思います。

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写真

概要

店舗名

善念寺

ジャンル

電話番号

住所

栃木県那須烏山市金井1-5-11

アクセス

最寄駅
バス停
  • 旧烏山女子高前から160m (徒歩2分)
公開日
最終更新日

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