9月30日。鉄道好き、とくに今北陸新幹線が走っている旧信越本線(ごく一部の区間がその名前のまま残存し、北陸新幹線と大筋では並行しています)が好きだった「横軽」ファンには、忘れられない一日です。
29年前のこの日、翌日からの北陸新幹線(当時は長野新幹線/東京口では長野行新幹線とも)開業を控え、104年間にわたって日本海側と関東、東京を結んで来た旧信越本線の横川‐軽井沢間の「碓氷線」が、廃止されたのです。
現在上越新幹線が走っている高崎‐宮内(長岡)間の上越線が全通したのは昭和6(1931)年のことですから、新潟県・富山県方面から関東・東京へ出る鉄道のルートは、38年間この「碓氷線」が一手に引き受けていました。
東海道新幹線開通前は、大阪発青森行きの特急「白鳥」号に連結され、同じ「白鳥」号が直江津から長野、そして碓氷線を通って上野まで、長駆大阪‐東京間を結んでいました。昭和38(1963)年までは、2本のレールの間にもう1本敷かれたギザギザの歯軌条(ラックレール)に、機関車側の歯車(ピニオン)をかみ合わせる「アプト式」という特別な仕組みで、最急勾配66.7パーミル(1000メートル進むと66.7メートル高度が上がる)の碓氷峠を、上り下りともクリアしていたのです。
アプト式では輸送能力の上限が低かったため、昭和38(1963)年には当時のありとあらゆる「山登り」の知恵と技術を結集した EF63型電気機関車、通称ロクサンが登場し、必ず2輌が列車(峠)の下側(横川寄り)について、峠を上る時は下から押し上げ、下る時には踏ん張ってとどめるようにして、碓氷峠の難所を通常と同じ(アプト式でない)粘着運転で、無事に守りつづけました。今、29年前を懐かしむ人々の多くが、このロクサンの勇姿を思い浮かべていることでしょう。
言問学舎創業前の2000年3月出版ですから言問学舎の刊行物ではありませんが、小田原漂情著『小説 碓氷峠』(画文堂版)を、言問学舎で販売しております。紙の本には、ロクサンや189系「あさま」、めがね橋を渡るED42型機関車、草軽電鉄などの貴重な写真も多数掲載されています。また表紙写真と本文だけでいい方には、電子書籍版(Kindle版)もあります。
秋の夜長に横軽の昔をしのぶのにちょうどよい、全91ページの本です。紙の本はAmazonまたは言問学舎(メール、直接ご来社)で、電子書籍版はKindleで、それぞれお求めいただくことができます。