やれば元気に、やらなければその場に。わかりやすい
自力で見つけました。あちこち色んな院を巡って、相手の責任にしては別の場所に行って。それでも良くならなくてまた移って。良くならないのは専門家のせいである、そんな認識でずっとやってきました。
自分が良くならないのは技術のせいなんだと。神の手と出会えたらきっとよくなる。だから神の手を探そうと頑張っていました。
で、有名な先生に紹介を貰えてやっと大丈夫だと一安心したのですが、、、、実際には状況は変わらず。むしろ割高の料金と頻回の通院で予算がドンドン削られていく一方に。そっちに不安が募りました。
感じる変化と予算の削れるペースが釣り合わず、質問をしても「個人差がある」と受け流され。そこでハッとしました。ああ、多分自分の様な人が沢山いると。そしてそういう人が院の売上に貢献しているんだと。
急にです。急に頭の路線が切り替わったというか。カチャッとなったというか。「あ、今のままじゃ駄目」とだけはっきりとわかった感じです。悟りを開いたみたいな感じ。
そこから改めて院を探す様に。自分が手にしたいゴールをはっきりとさせて、それをどのように実現してくれるか、そのプロセスをしっかりと伝えてくれる先生を。技術よりも通り道を知りたいと考える様に。
検索ページの10ページ先くらいまで探して探してやっと見つけたのがここ。ここより上に表示されている整骨院や整体院はほぼ行きました。
ここだ。ここなら信じていい気がする。単なる直感でしたが、書いている内容が他とは異なる色合いだったので先生が見えた。そんな気がしたのです。
で、実際に受けてみて確信。ここだ。
技術で良くするなんて言わないし、もう大丈夫とむやみに安心させる事も言わない。もう流石に学んだ。結果を初回で保証する先生は結果に責任を負わない人だ。「個人差がある」とはもう散々聞いてきた。
だから「やってみないとわからない」と答える先生に誠意を感じた。嘘が無い事が重要だから。
そんな曖昧な言葉で信じた訳じゃない。信じたのは「伸びしろは山ほどある」という言葉。そっちを信じました。
そしてカラダのカルテとご対面。赤ばっかり。だから今の状態になったのかとわかる。そしてそれを塗り替えていく作業は簡単ではない。最短距離を提示するが、それはあくまで「安全」基準であって「効果」基準ではない。それもキチンと伝えてくれる。
だから信じてやった。宿題を1つ1つ。
足首をした。膝をした。股関節をした。そして運動で繋げる練習もした。
何もできていなかった自分が段々とできる様になっていく。それに伴い動きが軽く、何かが違って感じ取れる様に。
キチンとすれば、ちゃんと変わるのだ。
じゃあ、今までの自分がしてきたことは何だったのか?いや、選んだのは自分、それは自分の責任に過ぎない。
自分ですれば良かったんだ。ああ、本当だ。答えはずっと足元にあった。
自分がそれを真っ先に遠ざけていただけ。
先生の言う通りで、健康は自分次第。行動も大事だが、それを「どう考えるか」「どう感じるか」という心の問題が大きい。
それを「価値観」「優先順位」と先生は言う。
健康を崩すのは健康の優先順位が低く、価値が低いから。だから蔑ろにする。
健康を取り戻すのは自分の中での価値の正常化、優先順位の適正化。その結果としての行動なのだと知る。
やっぱり答えはずっとそこにあったのだ。それに気付かせてくれたのは個々の先生。
カラダを使いこなすってとても楽しく健康的だと思う。
運動が楽しい、血圧が安定する、心拍も安定、血液検査も安定した。何より日常が軽い。頭の中が軽い
いい事ばかりだった。
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