熊本のお隣の長崎地方気象台には、校歌ならぬ台歌があるそうです。作詞は尾崎康一さん、そして作曲は石黒鎮雄さんです。石黒鎮雄さんはあの日系イギリス人作家カズオイシグロの父親です。幼少期にピアノを、大人になってからはチェロも弾いていたことから、作曲の才能もありました。
鎮雄さんは台歌作曲当時、長崎海洋気象台の職員として海洋研究をしていました。長崎で深刻な被害をもたらしていた潮位の変化による浸水災害を未然に防ぐため、分析を行い長崎港の修築工事にも関わったそうです。
その潮位の研究の論文が海外でも評価され、鎮雄さんはイギリスの国立海洋研究所に招かれます。そして一家で移住することになったのです。
台歌は4分の4拍子変ロ長調。曲調は学校の校歌のようにきちんとした和声に沿ったメロディーラインです。冒頭にもマーチのテンポで、とありますので4拍子をしっかり保って歌いますが、アウフタクトの始まり方が軽やかさも出しています。
スキップのリズムが勇ましさを表現、八分休符が細かく記されているのはバッハも顔負けです。ブレス(息継ぎ)の位置まで細かく指示があります。

強弱記号(p弱くやf強く)はかなり細かく記されています。こまめに大きく小さくしたりメロディーラインを膨らませたりするのは、鎮雄さんがチェロという弦楽器をされていたからでしょうか。
中間部のdolce(柔らかく)という音楽記号の箇所も、ビブラートをきかせたチェロのささやくようなまろやかな演奏を想像します。士気を高める曲にあえて優しい部分を入れてあることで、次に来る盛り上がりに効果的なコントラストをつけます。
そしてcresc.(クレッシェンド/だんだん大きく)、サビ(盛り上がり)はなんとfff(強いという記号を三つ)。そこで最高音のレをfffで高らかに歌い上げるのです。鎮雄さんのこの仕事にかける想いがfffに表わされているようです。
歌詞にも“予報の使命重ければ 覚悟も固き気象台”とあります。使命感に燃え仕事に取り組む石黒鎮雄さんの責任感の強さは、楽譜を見ているだけでうかがい知ることができます。
