マイセン磁器は、ドイツのザクセン州にあるマイセン市を中心に発展した世界的に有名な磁器ブランドです。その起源は18世紀初頭のフリードリヒ・アウグスト王子(後のアウグスト2世)の時代にさかのぼります。彼は中国磁器に強く魅了されており、磁器の製法を欧州で再現する夢を抱いていました。1731年、聖・イコール修道院の工房で初の牛乳色の粘土を用いた実験が成功し、ノーベルではなく“マイセン”での製作を始める契機となりました。以後、技術的にはオランダのグラス・ブルワーの技法やドイツの陶工の技を取り入れ、長い研究の末に欧州初の本格的な硬質磁器を完成させました。
マイセン磁器は技術的な革新と美術的表現の両方で高く評価されました。硬質磁器は透明感と硬度、耐久性に優れ、繊細な白地に絵付けする技法が発展しました。初期には“レスカの青色”や卵白光沢の釉薬、金彩技法などが特徴となりました。産地としての分類では「マイセン磁器」を冠する美術的価値の高い器物が多く、宮廷用食器や北京市民のコレクション、王侯貴族の儀式用具として広く流通しました。
デザイン面では、18世紀のロココ様式や中国風の意匠が融合し、花鳥図、風景画、人物像などの描画が盛んです。代表的なシリーズには、花鳥彫刻を施した装飾皿やカップ、グラデーション釉と金彩の組み合わせが挙げられます。また、マイセンは絵付けだけでなく、型紙を用いた量産品と手描きの高級品を併存させる工程管理も高度に発展させました。技術的には、磁器の結晶構造と釉薬の組成を緻密に管理することで、透明度と白みを最大化させる工夫が行われました。
長い歴史の中で、マイセン磁器は王立工房としての体制を整え、工房長の指揮下で熟練の職人が技を継承しました。18世紀後半には「マイセン・セラミック・アート」としての地位を確立し、ヨーロッパ各地の宮廷に輸出されました。現在もドイツ・マイセンには「マイセン宮殿・青のグラスファイン」などの博物館・窯元があり、製作工程の見学や限定品の購入が可能です。マイセン磁器はその長い歴史と卓越した技術、芸術性によって、世界の磁器文化の象徴として語り継がれています。