礼に勝る捌きなし。健康、成功体験、笑い、仲間、一生の財産がここにある。
私が捌武會を立ち上げた理由。それは某道場で怪我人が続出したためです。
昔ながらの間違った稽古を続けた結果、私が知っているだけでも、前十字靭帯断裂が3名。アキレス腱断裂が2名。肋骨骨折が2名。腕の骨折が3名。腓骨骨折が1名…。
怪我をし格技を辞めてしまう者を何人も見てきました。
中にはパンチドランカーの症状がある者もいました。
この状況を見た時、昔ながらの稽古に捉われることなく、日本拳法の伝統技術はもちろん、他の格技の知見に基づいた、技の改善や指導方法の改善を行う必要があるなと痛感しました。
自己紹介が遅れました。私は、武者英佑(たけものえいすけ)と申します。
私は株式会社NTTデータへ勤めながら、日本拳法を教えています。
日拳を始める4年前1991年私。身長169cm体重が79Kg!
医師「長生きできない」
一念奮起し16KGのダイエットに成功!30%あった体脂肪率が8%以下に!
後年私が支部長を務める事になる、日本拳法黒綾館(こくりょうかん)綾瀬支部へ1995年11月5日33歳で入門。
当時の黒綾館は私よりも、10歳も若い黒帯が多数。私は殴られ蹴られ畳みに叩きつけられました(捌武會では、初心者に手荒な事は一切やりませんのでご安心下さい)。
当時の私は多忙で往復通勤時間は3時間40分、帰宅は毎日21時過ぎ。道場へは週1回しかいけない状況。会社の昼休みや通勤中、自宅で自主稽古を繰り返し上達していきました。
この経験から、忙しい社会人や主婦・主夫、学生や運動が苦手な方や子供達への「誰でも強くなれる」指導方法「捌武會メソッド」を確立しました。
そして3年後1998年。道場最強を決める黒綾館杯ににいて、36歳茶帯(1級)で三段の師範を破り優勝。
これをきっかけに、黒綾館のレギュラー選手として、全日本選抜日本拳法大会や社会人大会へ出場し、陸上自衛隊員と激闘を重ねました。
その後、黒綾館杯の優勝の常連で合計5度の優勝。
TAMAバーリートゥドゥ(総合格闘技)全日本選手権中菱級準優勝。
47歳で日本拳法連盟史上最年長47歳で四段合格。
神奈川県日本拳法選手権シニアの部優勝。
神奈川県日本拳法選手権MVP(会長賞)受賞。
多忙な大人でも多忙な子供でも、必ず日本拳法が上達できる方法が捌武會にはあります。
そして、保護者には毎週3時間の自由時間をプレゼントします。
- 得意なこと
日本拳法、バドミントン、歌唱(一緒にカラオケへ行きましょう!)、ライティング
- 経歴
1995年11月5日日本拳法黒綾館入門
1998年12月 日本拳法黒綾館最強決定戦黒綾館杯優勝(その後、4回優勝)
1999年7月 TAMAバーリートゥドゥ全日本選手権中量級準優勝
2000年2月 黒綾館初の日本拳法連盟本部受験にて日本拳法弐段合格
2009年12月 日本拳法連盟本部受験にて日本拳法連盟史上最年長47歳で四段合格
2010年2月 神奈川県日本拳法選手権シニアの部優勝、MVP(会長賞)受賞
- 専門分野
日本拳法、マーケティング、総務、オーラルヒストリーインタビュー(学会発表)
- 表彰実績
1998年12月 日本拳法黒綾館最強決定戦黒綾館杯優勝(その後、4回優勝)
1999年7月 TAMAバーリートゥドゥ全日本選手権中量級準優勝
2000年2月 黒綾館初の日本拳法連盟本部受験にて日本拳法弐段合格
2009年12月 日本拳法連盟本部受験にて日本拳法連盟史上最年長47歳で四段合格
2010年2月 神奈川県日本拳法選手権シニアの部優勝、MVP(会長賞)受賞
- 成績
1998年12月 日本拳法黒綾館最強決定戦黒綾館杯優勝(その後、4回優勝)
1999年7月 TAMAバーリートゥドゥ全日本選手権中量級準優勝
2000年2月 黒綾館初の日本拳法連盟本部受験にて日本拳法弐段合格
2009年12月 日本拳法連盟本部受験にて日本拳法連盟史上最年長47歳で四段合格
2010年2月 神奈川県日本拳法選手権シニアの部優勝、MVP(会長賞)受賞