5年生9月の首都圏模試で4科偏差値70をマークした彼も、6年生12月に再び70を取るまで、4科偏差値は多少下振れしたまま推移しました。これは十分に想定されたことでした。ただ下がっても60台前半までは下がらなかったこと、また6年次に何度かご家庭のご判断でSAPIXなどの他の模試を受けて下さったことは、好材料でした。
科目別に見ると、5年9月には首都圏模試で理科の偏差値が70だったのに対して6年12月には社会が73と、得意教科が鮮明になっていたのが印象的でした。4科まんべんなくできるのが理想ですが、得意教科て突出して稼げることも、受験を成功させる大きな武器となるためです。
今日の本題は、国語の成績の推移です。この子はもともと国語が好きな上、4年生の1年間「真の国語」の勉強をみっちりやりましたから、受験体制に入った当初、国語は得意な方でした。しかし5年生の後半からやや国語の得点・偏差値に陰りが見えるようになり、6年生1学期には、首都圏模試で偏差値59が出たこともありました。
先日、東京理科大経営学部の国語指導の時にも述べたことですが、私としてはこの、国語が「ブレ」というよりも「低迷」に近い状態になっていることについて、心配し懸命に対策をしながらも、原因として思いあたる節がありました。それは受験生自身が4教科の勉強で、過重と言ってもおかしくない勉強量、それも他の「まっすぐ機械的に正答に向かう」、「覚える→答える」のインプット・アウトプットを多量にこなすようになっていることから、身につけているはずだった、一種の「タメを作る」、あるいは「一歩立ち止まって考える」解き方に、狂いが生じているのだろうということです。
この「タメを作る」、「一歩立ち止まって考える」解き方というのは、そのように生徒たちに意識、認識させて教えることはありませんが、一定の水準を超えた問題を解く時に、技術的には「正解候補のチェックだけして脇へ置いておけ」「すぐに正解と思って飛びつかず、ほかの選択肢も点検・吟味しろ」などの言葉で、教えているものです。こうした解き方は、社会も含め、まず他の3教科の勉強、解き方とは異なるものでしょう。他の教科では、複数の知識(解き方)、知見を組み合わせることはあっても、それらを組み合わせて解を導く過程は、「まっすぐ正答に向かう」方向にあると考えられるからです。
では、ここから受験生をどのように立ち直らせるか。第一の処方は、「良い文章を読ませること」、これに尽きます。そこですぐ、杉みき子さんの「わらぐつの中の神様」などを読ませましたが、何しろ偏差値70を超える超難関校をめざしながら「解いていて陥ったスランプ」ですから、「解くこと」の土俵の上で解決する手順も必要でした。
そこで第二の処方、「良問を解く」に注力したのが、夏期講習前半です。「良問」とは、ずばり入試問題です。それも受験校ではない学校の良問が必要でした。
そこで使わせていただいたのが、青稜中学校さんの過去問です。青稜さんは24年受験用の声の教育社版『中学受験案内』で首都圏模試の80%偏差値が64となっていますが、それが57ぐらいだった十数年前、学校の塾向け説明会にお邪魔して頂戴し、解いてみると、大変良い問題でした。次にお邪魔した時、国語科の先生に「大変失礼ですが、御校の受験生さんたちはあの問題を解けるのでしょうか」とお聞きしたほど、難しくもあります。難しいですが、ただ難しいだけの悪問ではなく、その対極の、文章の本質を読みとった上で正しいところを押さえさせる「良問」なのです。
この2月に慶應義塾中等部に合格した受験生の夏期講習前半は、この青稜中学校さんの過去問を解くことを主体としました。これは効きました。その効果は大きく、少し時間はかかりましたが、12月の育伸社Bテストの国語の偏差値68、首都圏模試の国語の偏差値69へと伸ばす(戻す)ができ、国語は「得意教科」に復活。秋からの過去問演習を通じ、国語が全体を引っ張ったことは、これまでお話しした通りです。
なお、「良い文章を読む」という最大の処方も、この子は受験直前までやり切ってくれました。言問学舎刊『スーパー読解「山月記」』を、昨年6月の刊行時にお渡ししてあったのですが、お父様のお考えで、中島敦の「山月記」本文を、ずっと本人が自宅で音読していたのです。これも国語の得意復活を後押しする原動力になったことは、間違いないです。
次回まとめとして、面接のことなどお話ししたいと思います。