冬の朝。
白い息が空に溶けていく。
空き地の真ん中には、昔から置きっぱなしの土管が一本。
朝日がゆっくり昇り、土管の縁を金色に縁取っていた。
その上に、おじいさんが腰かけていた。
革ジャンはもう色が抜けて、袖口はすり切れているのに、どこか“只者じゃない”雰囲気が漂っていた。
少年が通りかかると、おじいさんは片目を細めて笑った。
「おっと、坊や。そんな猫背じゃ、冬の寒さに丸呑みされちまうぜ。」
少年は立ち止まり、きょとんとした顔で見上げる。
「え? ぼく、そんなに丸まってますか?」
「そりゃあもう、冬眠前のリスより丸いね。」
おじいさんは、土管からすっと立ち上がった。
背筋をすらりと伸ばすと、薄い朝日がその姿のまわりで揺れる。
「いいか、坊や。背伸びってのはただのストレッチじゃない。
体中のサビを一気に吹き飛ばす、“今日を始めるスイッチ”みたいなもんさ。」
そう言って、ゆっくり指を組み、手のひらを空に向ける。
そして、つま先で静かに立ち上がる。
「こうやって――ぐっと背伸びするんだ。
つま先で立つと、ふくらはぎが“おはよう”って言い出す。
それを聞いたら、身体のほうも目を覚ますって寸法よ。」
少年はまねしてつま先立ちになったが、ふらふら揺れた。
「わっ、難しい……!」
「最初から空をつかむのは誰だって難しいさ。」
おじいさんは、ふっと笑う。
「でもな。バランスを取ろうとするその瞬間、腹も背中も、ふくらはぎも全部働き始める。
つまり……坊やの身体が、ちゃんと“生きてる”ってことだ。」
少年は息を吐き、もう一度挑戦する。
今度はさっきより少しだけ安定した。
「おお……できた気がします!」
「へへ、やるじゃないか。
その調子で一日三回。朝日が昇るときにやれば、気分もぐんと晴れるぜ。
寒い冬ほど、背中を伸ばす価値があるんだ。」
おじいさんはポケットから飴玉をひとつ取り出し、少年に投げた。
「よし、報酬だ。今日の空はきれいだし、背筋伸ばして歩いてこい。」
少年は嬉しそうに頭を下げ、背中をぴんと伸ばして走り出した。
その姿を見送りながら、おじいさんはまた土管に腰をおろし、朝日に向かって片目を細めた。
「まったく……冬の朝ってやつは、いくつ年を取っても悪くないね。」