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御器所八幡宮 荒畑駅/ 結婚式場

暮らし・生活
5.0
投稿日:2018/07/12

宮司さんと親しく歴史談話が出来た、尾張佐久間一族に関係する由緒ある神社

平成30年7月、業務と休憩時間の合間に同神社を訪れました。
同神社は、名古屋市内でも有名な鶴舞公園の南方の御器所に鎮座し、公共交通機関では鶴舞駅(JR中央西線、名古屋市営地下鉄)が便利です。
御器所という地名は古く、鎌倉時代から存続しており、「熱田神宮の祭礼に使う土器を作っていた地」から命名したようですね。

同神社は、創建は平安時代と推定され、熱田神宮の鬼門を鎮護するために創建されたようで、この地で活躍していた佐久間一族(後の歴史ポイントで記述)が居城していた御器所城址(西城址)が近隣にあり、御器所城の総鎮守(そうちんじゅ)として祀られていたようです。

同神社の専用駐車場は、正面の大鳥居から見て左手にあるようでしたが、神主さんの了解を得て、正面の大鳥居前に駐車させて頂きました。

さて、大鳥居前で軽く会釈をしながら鳥居を潜ると、左手前側から神楽殿、五社宮、稲荷社、佐久間社(佐久間一族の崇拝社殿)、十二社が続き、正面には拝殿と本殿が置かれ、右側の横には社務所がありました。
佐久間社は年中通して、全国に散在した佐久間一族のご子孫が定期的にお参りに来るようで、当日も一老夫婦がお参りに訪れていたようです。(神主さん談話)

境内を一通り拝観させて頂いた後、神主さんにご朱印を書いて頂き、その際に「同神社は佐久間氏一族が居城した御器所城の総鎮守としての所縁があるのですね。織田家重臣の佐久間信盛公(織田家の宿老(一番家老))所縁の地でもありますね。実は当家の先祖も・・・」と立ち話をしていたところ、神主さんもその話に驚いて頂き、「お時間があるのでしたら中にお入り下さい。」などと言われ、社務所内の座敷まで通され、30分程歴史会話を楽しませて頂きました。
そのお礼ではありませんが、神主さんのお人柄に敬意を表し、事務所と自宅の厄除けお札を分けて頂きました。
最後に神主さんから「時間がある時に是非、お越し下さい。織田家家臣の子孫の方との歴史会話は楽しみです・・・。」と言って頂きました。
また、神主さんは同神社創建からの代々の家系ではなく、尾張徳川家の家臣(500石の中級武士)で、明治時代に入り神主さんの曾祖父が宮司さんとなったのが切っ掛けで、現在の神主さんは、エキテンでも紹介させて頂いた豊国神社などの神主さんも歴任された立派な人でしたね。
歴史的にも貴重な由緒ある神社で、大変話し易い神主(宮司)さんですので、是非訪ねて頂き、時間があれば色々な話をお聞きすることも楽しいと思われます。

歴史ポイント
承久の乱で功績を得て、尾張国御器所の地を賜り、御器所に移り住んだ尾張佐久間一族発祥の地であり、佐久間一族には、織田家家臣である佐久間信盛公がおり、後に高野山へ追放となった時、信長公の命により当家先祖の中野又兵衛忠利公が高野山まで信盛公親子を導いたようです。また、賤ヶ岳の合戦では柴田勝家公に布陣した佐久間盛政公(佐久間一族)も秀吉公側の猛将である中川清秀功公を討ち取った人物である。
また、エキテンでも紹介させて頂いた近隣の名古屋市名東区に所在する寺院と神社は佐久間一族の親族筋である柴田一族(柴田勝家公など)の居城もありますね。
追記、秀吉公の生まれが尾張国中村郷(名古屋市中村区)となっていますが、当地の御器所と言う説もあり、秀吉公の母(後の大政所)が住んでいた地(屋敷跡)でもあるようです。

利用日: - 予算: -

金山神社社務所 金山駅(愛知)/ 暮らし・生活サービスその他

暮らし・生活
5.0
投稿日:2018/07/02

ネコが迎えてくれた鍛冶職人が勧請した神社

同神社は総合ターミナル駅である金山駅(JR、名鉄、地下鉄、バス)南口から徒歩5分程度の場所に所在する神社で、有名な熱田神宮の比較的近くにあります。

同神社は、熱田神宮の鍛冶職人であった尾崎善光氏が自らの元屋敷を同神社造営のために寄進したものらしく、尾張鍛冶発祥の地でもあるようです。
昔の熱田村(郷)は鍛冶職人で有名ということは聞き及んでいました。
造営されたのは今から600年前の室町時代中期(応永年間)のようです。
また、毎年、鍛冶発祥の地に因み、金属関係を含めた鍛冶に関係する例祭もあるようです。

さて、大鳥居を潜ると中規模な境内があり、中央には本殿があります。
同神社の主祭神は、金山彦命、金山比売命、天目一筒命などでした。
本殿と本殿両横にある祠のお参りを済ませ境内を散策していると、本殿下から大変愛想の良いネコに出くわしました。余りにも人懐っこい可愛いネコでしたので、近くのコンビニに出向き、態々鶏の串焼き140円余りをプレゼントしました(笑)。
勝手な解釈ですが、きっと社務所が休みで神主が不在でしたので、ニャンが出迎えてくれたかもしれませんね。エサやりについての是非は勘弁して下さいね。

同神社と共に、次の観光スポットなどを散策すると楽しみが倍増と思われますので、比較的小規模の神社ですが、近隣の観光スポットと共にお勧めしたい神社でもありますね。
ネコと会えたならば是非呼んであげて下さいね。きっと近くに来ますよ(笑)。

近隣の観光と味覚所のポイント
尾張鍛冶発祥の地である同神社を拝観し、次の観光地を訪れてみては如何ですか。
周辺の観光地としては、熱田神宮、七里の渡し(常夜灯有)、白鳥庭園、源頼朝公誕生の地などがあり、味覚処としては熱田神宮周辺には、ひつまぶし有名な熱田蓬莱軒、きしめんで有名な宮きしめんなどの名古屋名物が食せますね。

利用日: - 予算: -

長久寺 尼ヶ坂駅/ 暮らし・生活サービスその他

暮らし・生活
5.0
投稿日:2018/06/27

松平忠吉公が創建した真言宗智山派の由緒ある寺院

同寺は名鉄瀬戸線尼ケ坂駅から近く、尾張徳川家の中級家臣(数百石から1000石程度)の武家屋敷があった場所からも至近で、私が務めている東区東大曽根町から県庁又は、市役所方面に車で向かう時、中心部が混雑している時に迂回する側道の閑静な住宅地にある由緒ある寺院です。
当然ながら名城、名古屋城(尾張藩藩庁)からも2km程の場所です。

同寺は松平忠吉公(以下、忠吉公)が関ケ原の合戦後に功名を挙げて、清洲52万石の所領を与えられた時に、武蔵国長久寺(現在の埼玉県行田市)から高僧を迎えて創建した寺院ですね。同寺の寺称も同名称です。
その10数年後に、政治の中心地を清洲から名古屋(那古野)に移した有名な清洲越えで、再度同地に構えたようです。
また、江戸時代には尾張徳川家の祈願所となり、真言宗の学問所があったようです。

戦国時代又は、中世の歴史好きな方であれば、埼玉県行田市には忍城(映画、のぼうの城で有名)があることに気付きますね。
家康公が秀吉公から関東に移封された時、家康公から忠吉公が賜った忍城でもありますね。
同寺は名古屋市指定の観光地にもなっており、平日でも観光客が訪れる寺院としても有名なようです。

さて、慶長時代に清洲から移築した同寺の山門(薬医門形式)は重みがあり、お寺の周辺は白壁で囲われている趣きのある構えとなっており、山門を潜って直ぐ目の前には「庚申塔」(こうしんとう)があり、見ざる、言わざる、聞かざるの例えにもなっており、江戸初期の塔で名古屋市指定文化財となっており、当時の武士内に庚申信仰が根強くあったようです。

本堂は閉まっており、本堂内には立ち入ることが出来なったのが残念でしたね。
本堂の奥は施錠されていましたが、有名な儒学者である細野要斎が住んでいたようで、施錠された門前ではありますが、その当時の建造物らしき物がありましたね。
山門と本堂の中央には多くのお地蔵様がおり、お迎えをして頂いているような情景でした。 次回訪れた際は是非、ご住職とお話がしたいですね。
また、名古屋市内の観光地の一つとして同寺院を拝観(回覧)をお勧めしたいですね。

歴史ポイント
忠吉公は徳川家康公の四男で、徳川秀忠公(二代将軍)の弟です。
前記述しましたが、忠吉公は清洲城主(初代清洲藩藩主)でしたが嫡子が無く、忠吉公の弟である徳川義直公(家康公の九男)が初代尾張藩主となり、清洲を含めた尾張国、美濃国を治めました。
色々な説には、二代将軍である秀忠公は弟である忠吉公の死を大変悲しんだようです。

追記、中世、織豊、戦国時代の歴史と神社仏閣、中世城館巡りが大好きです。
私の能書きを楽しんで頂けたら嬉しいです。

利用日: - 予算: -

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